琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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純白のデイジー

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 妖獣の赤い羽根を優しく撫でながら、ミアが答える。
「得意というか……揚菓子に関しては、ご先祖様の秘伝があるので」
「秘伝?」
 サキが横から訊ねた。
「はい。私は早くに母親を亡くしましたが、揚菓子の作り方だけは子どもの頃に直接教わりました。ですから、得意といえば得意かもしれません」
「そうなの……お母様が」 

 柔らかな陽射しと、爽やかな風。ここは恐ろしい魔の森のはずなのに……サキは夢でも見ている気分だった。
 ラルフは目を伏せ、黙って紅茶を飲んでいる。 
「サキ博士は、どんな勉強をされているのですか」
 ミアが興味深そうに訊ねた。好奇心を輝かせる顔は無邪気で、サキは思わず笑みを浮かべる。
「私は……」
「サキ博士は石の専門家だよ」
 サキの声を遮るようにラルフが口を出し、ミアの胸元を指差す。そして、唐突に命じた。
「それを見せてあげなさい」
 いきなりどうしたのだろう。サキは二人のやり取りを、不思議そうに見やった。

「は、はい。ラルフ様」
 ミアは一瞬困惑するが、首にかかっている革紐をたぐり、先端に付けられたそれを取り出す。
 サキは息が止まりそうになった。

 ――黒のゴアに心当たりがある。

 ラルフの囁きが内耳でこだました。
 サキは椅子を立つとミアの傍に寄り添い、彼女が手のひらにのせた石に、震える指先でそっと触れる。
「ああ、これはまさに……」
 軽く撫でてみた。手触り、軽さ、ほんのりと温もりを感じるところまで、青のゴアとそっくりである。それにしても、何という黒。このように恐ろしく、そして魅惑的な黒を、見たことがあるだろうか。
 星の数ほど観察してきた鉱物・化石――これほどまでに惹かれる石に、彼女は出会ったことがない。衝撃的な驚きと感動だった。

 これは間違いなく黒のゴア。世にも稀な化石が、こんなところに存在していた!

「サキ博士……っ、苦しいです」
 ミアの声でサキは我にかえる。彼女の首にかけられたままの革紐を、きつく引っ張っていたようだ。
「あっ、ごめんなさい」
 慌てて手放すが、サキの指は名残惜しそうに宙をさまよう。

 身も心も奪われた様子のサキを見て、ラルフは満足そうに頷く。空のカップを置くと、ミアに石を仕舞うよう命じた。
「さて、私はこれから博士と話をする。お前は台所に戻って、大量に作った秘伝の揚菓子を何とかしてきなさい」
「あ……はい。分かりました」
 ミアはサキに挨拶をしてから、トレーを持って大人しく下がった。

 ミアの小さな背中を見送りながら、サキは思う。
 彼女の胸にあるゴア。ベルの青いゴア。
 そして、彼女達とラルフの関係。
 その中に、サキも何らかの役割を与えられ、組み込まれるのだろう。もちろんそれは承知の上でここにやってきたのだが、いざとなると身体が震える。
 サキはラルフから目を逸らし、テーブルに咲くデイジーを見つめた。
 そよ風に吹かれ、頼りなく揺れる純白の花。
 だけどなぜか、凛とした強さも感じる。不安な心を落ち着かせてくれる気がして、サキはすがるような眼差しで、花に見入るのだった。


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