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純白のデイジー
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サキは庭の木陰に置かれたテーブルでラルフと向き合った。
台所らしき部屋の窓から、食器の触れ合う音が聞こえてくる。ラルフの新妻がお茶の用意をしているのだろう。
森の番人ラルフの妻……さぞかし豪華で肉感的で、鼻持ちならない女だろう。サキはそんなことを思いながら、ふとテーブルの一輪挿しに目を留めた。
花が飾られている。
それだけでも意外なのに、この可愛らしい花はデイジーだ。思わぬ温かなものに出会い、サキはつい見入ってしまう。
「造花だ」
ラルフがぶっきらぼうに教えた。
なるほど、よく見ると生花ではない。どうやって造形したのか分からないほど、茎も葉も花も、本物と変わらぬ質感を再現している。
「まさか、あなたが……?」
サキは愚問だと思いながらも、一応訊いてみる。ラルフが黙っているので、少し考えてから台所へと目を走らせた。ラルフでなければ彼女しかいない。
「野菜の繊維を利用したそうだ」
ラルフは関心なさそうにつぶやくが、この屋敷にはおよそ不似合いな花を、邪魔する風でもなかった。
「サキ、一つ言っておくが、あれに私の元妻達の話はするな。特にベルのことは」
ラルフはまだ花に見入っているサキに早口で命じた。食堂の窓が開き、新妻が庭に出てくる。
「分かりました」
サキも短く返事する。言われなくても、それは承知していた。
新妻がすぐそこまで近付いてきた。サキは少しためらうが、いずれ悲惨な最期を遂げるであろう女に、思いきって目を向けた。
「ようこそ、お客さま」
「……」
トレーに菓子とティーセットをのせて、にこりと微笑む女……彼女を前に、サキは絶句する。
「私の妻、ミアだ。ミア、こちらはゴアドア国のサキ博士。私の旧い友人だよ」
ラルフに紹介された二人は、かしこまって挨拶を交わした。
カップにお茶を注ぐミアをチラチラと窺うサキは、信じられない気持ちだった。お世辞にも洗練された美女とはいえない。というより、これではまるで召使いではないか。それも、まだ少女の。
ラルフは微笑んでいる。サキの反応を楽しんでいるかのような態度だった。
「どうぞ」
丁寧にお茶をすすめるミアの瞳を見て、サキは胸を衝かれた。緑柱石を思わせるような、美しいグリーンである。いや、それよりももっと深い……
「あ、ありがとう」
紅茶をひと口飲むと、サキはホッとした。温かくて美味しい。先ほどまでの緊張が嘘のように解けていく。
「揚菓子はいかがですか。蜂蜜味、黒砂糖味、いろいろな種類がありますよ」
「まあ、美味しそう」
これも可愛らしい茶菓子である。サキはすすめられるまま、遠慮なく摘んだ。
「……」
驚いた。ゴアドア王国の高級店にも、これほど上質な菓子は置いていない。どこがどう美味しいのか表現しようとするが、言葉にならなかった。
ミアの膝にちょこんと座るルズが、代わりにお喋りした。
「感激してるんだね、サキ博士。人間の味覚はよくわかんないけど、ミアはお菓子作りも得意みたいだよ。ねえ、ミア」
台所らしき部屋の窓から、食器の触れ合う音が聞こえてくる。ラルフの新妻がお茶の用意をしているのだろう。
森の番人ラルフの妻……さぞかし豪華で肉感的で、鼻持ちならない女だろう。サキはそんなことを思いながら、ふとテーブルの一輪挿しに目を留めた。
花が飾られている。
それだけでも意外なのに、この可愛らしい花はデイジーだ。思わぬ温かなものに出会い、サキはつい見入ってしまう。
「造花だ」
ラルフがぶっきらぼうに教えた。
なるほど、よく見ると生花ではない。どうやって造形したのか分からないほど、茎も葉も花も、本物と変わらぬ質感を再現している。
「まさか、あなたが……?」
サキは愚問だと思いながらも、一応訊いてみる。ラルフが黙っているので、少し考えてから台所へと目を走らせた。ラルフでなければ彼女しかいない。
「野菜の繊維を利用したそうだ」
ラルフは関心なさそうにつぶやくが、この屋敷にはおよそ不似合いな花を、邪魔する風でもなかった。
「サキ、一つ言っておくが、あれに私の元妻達の話はするな。特にベルのことは」
ラルフはまだ花に見入っているサキに早口で命じた。食堂の窓が開き、新妻が庭に出てくる。
「分かりました」
サキも短く返事する。言われなくても、それは承知していた。
新妻がすぐそこまで近付いてきた。サキは少しためらうが、いずれ悲惨な最期を遂げるであろう女に、思いきって目を向けた。
「ようこそ、お客さま」
「……」
トレーに菓子とティーセットをのせて、にこりと微笑む女……彼女を前に、サキは絶句する。
「私の妻、ミアだ。ミア、こちらはゴアドア国のサキ博士。私の旧い友人だよ」
ラルフに紹介された二人は、かしこまって挨拶を交わした。
カップにお茶を注ぐミアをチラチラと窺うサキは、信じられない気持ちだった。お世辞にも洗練された美女とはいえない。というより、これではまるで召使いではないか。それも、まだ少女の。
ラルフは微笑んでいる。サキの反応を楽しんでいるかのような態度だった。
「どうぞ」
丁寧にお茶をすすめるミアの瞳を見て、サキは胸を衝かれた。緑柱石を思わせるような、美しいグリーンである。いや、それよりももっと深い……
「あ、ありがとう」
紅茶をひと口飲むと、サキはホッとした。温かくて美味しい。先ほどまでの緊張が嘘のように解けていく。
「揚菓子はいかがですか。蜂蜜味、黒砂糖味、いろいろな種類がありますよ」
「まあ、美味しそう」
これも可愛らしい茶菓子である。サキはすすめられるまま、遠慮なく摘んだ。
「……」
驚いた。ゴアドア王国の高級店にも、これほど上質な菓子は置いていない。どこがどう美味しいのか表現しようとするが、言葉にならなかった。
ミアの膝にちょこんと座るルズが、代わりにお喋りした。
「感激してるんだね、サキ博士。人間の味覚はよくわかんないけど、ミアはお菓子作りも得意みたいだよ。ねえ、ミア」
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