36 / 88
純白のデイジー
1
しおりを挟む
サキは庭の木陰に置かれたテーブルでラルフと向き合った。
台所らしき部屋の窓から、食器の触れ合う音が聞こえてくる。ラルフの新妻がお茶の用意をしているのだろう。
森の番人ラルフの妻……さぞかし豪華で肉感的で、鼻持ちならない女だろう。サキはそんなことを思いながら、ふとテーブルの一輪挿しに目を留めた。
花が飾られている。
それだけでも意外なのに、この可愛らしい花はデイジーだ。思わぬ温かなものに出会い、サキはつい見入ってしまう。
「造花だ」
ラルフがぶっきらぼうに教えた。
なるほど、よく見ると生花ではない。どうやって造形したのか分からないほど、茎も葉も花も、本物と変わらぬ質感を再現している。
「まさか、あなたが……?」
サキは愚問だと思いながらも、一応訊いてみる。ラルフが黙っているので、少し考えてから台所へと目を走らせた。ラルフでなければ彼女しかいない。
「野菜の繊維を利用したそうだ」
ラルフは関心なさそうにつぶやくが、この屋敷にはおよそ不似合いな花を、邪魔する風でもなかった。
「サキ、一つ言っておくが、あれに私の元妻達の話はするな。特にベルのことは」
ラルフはまだ花に見入っているサキに早口で命じた。食堂の窓が開き、新妻が庭に出てくる。
「分かりました」
サキも短く返事する。言われなくても、それは承知していた。
新妻がすぐそこまで近付いてきた。サキは少しためらうが、いずれ悲惨な最期を遂げるであろう女に、思いきって目を向けた。
「ようこそ、お客さま」
「……」
トレーに菓子とティーセットをのせて、にこりと微笑む女……彼女を前に、サキは絶句する。
「私の妻、ミアだ。ミア、こちらはゴアドア国のサキ博士。私の旧い友人だよ」
ラルフに紹介された二人は、かしこまって挨拶を交わした。
カップにお茶を注ぐミアをチラチラと窺うサキは、信じられない気持ちだった。お世辞にも洗練された美女とはいえない。というより、これではまるで召使いではないか。それも、まだ少女の。
ラルフは微笑んでいる。サキの反応を楽しんでいるかのような態度だった。
「どうぞ」
丁寧にお茶をすすめるミアの瞳を見て、サキは胸を衝かれた。緑柱石を思わせるような、美しいグリーンである。いや、それよりももっと深い……
「あ、ありがとう」
紅茶をひと口飲むと、サキはホッとした。温かくて美味しい。先ほどまでの緊張が嘘のように解けていく。
「揚菓子はいかがですか。蜂蜜味、黒砂糖味、いろいろな種類がありますよ」
「まあ、美味しそう」
これも可愛らしい茶菓子である。サキはすすめられるまま、遠慮なく摘んだ。
「……」
驚いた。ゴアドア王国の高級店にも、これほど上質な菓子は置いていない。どこがどう美味しいのか表現しようとするが、言葉にならなかった。
ミアの膝にちょこんと座るルズが、代わりにお喋りした。
「感激してるんだね、サキ博士。人間の味覚はよくわかんないけど、ミアはお菓子作りも得意みたいだよ。ねえ、ミア」
台所らしき部屋の窓から、食器の触れ合う音が聞こえてくる。ラルフの新妻がお茶の用意をしているのだろう。
森の番人ラルフの妻……さぞかし豪華で肉感的で、鼻持ちならない女だろう。サキはそんなことを思いながら、ふとテーブルの一輪挿しに目を留めた。
花が飾られている。
それだけでも意外なのに、この可愛らしい花はデイジーだ。思わぬ温かなものに出会い、サキはつい見入ってしまう。
「造花だ」
ラルフがぶっきらぼうに教えた。
なるほど、よく見ると生花ではない。どうやって造形したのか分からないほど、茎も葉も花も、本物と変わらぬ質感を再現している。
「まさか、あなたが……?」
サキは愚問だと思いながらも、一応訊いてみる。ラルフが黙っているので、少し考えてから台所へと目を走らせた。ラルフでなければ彼女しかいない。
「野菜の繊維を利用したそうだ」
ラルフは関心なさそうにつぶやくが、この屋敷にはおよそ不似合いな花を、邪魔する風でもなかった。
「サキ、一つ言っておくが、あれに私の元妻達の話はするな。特にベルのことは」
ラルフはまだ花に見入っているサキに早口で命じた。食堂の窓が開き、新妻が庭に出てくる。
「分かりました」
サキも短く返事する。言われなくても、それは承知していた。
新妻がすぐそこまで近付いてきた。サキは少しためらうが、いずれ悲惨な最期を遂げるであろう女に、思いきって目を向けた。
「ようこそ、お客さま」
「……」
トレーに菓子とティーセットをのせて、にこりと微笑む女……彼女を前に、サキは絶句する。
「私の妻、ミアだ。ミア、こちらはゴアドア国のサキ博士。私の旧い友人だよ」
ラルフに紹介された二人は、かしこまって挨拶を交わした。
カップにお茶を注ぐミアをチラチラと窺うサキは、信じられない気持ちだった。お世辞にも洗練された美女とはいえない。というより、これではまるで召使いではないか。それも、まだ少女の。
ラルフは微笑んでいる。サキの反応を楽しんでいるかのような態度だった。
「どうぞ」
丁寧にお茶をすすめるミアの瞳を見て、サキは胸を衝かれた。緑柱石を思わせるような、美しいグリーンである。いや、それよりももっと深い……
「あ、ありがとう」
紅茶をひと口飲むと、サキはホッとした。温かくて美味しい。先ほどまでの緊張が嘘のように解けていく。
「揚菓子はいかがですか。蜂蜜味、黒砂糖味、いろいろな種類がありますよ」
「まあ、美味しそう」
これも可愛らしい茶菓子である。サキはすすめられるまま、遠慮なく摘んだ。
「……」
驚いた。ゴアドア王国の高級店にも、これほど上質な菓子は置いていない。どこがどう美味しいのか表現しようとするが、言葉にならなかった。
ミアの膝にちょこんと座るルズが、代わりにお喋りした。
「感激してるんだね、サキ博士。人間の味覚はよくわかんないけど、ミアはお菓子作りも得意みたいだよ。ねえ、ミア」
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

不遇の花嫁は偽りの聖女を暴く──運命を切り開く契約結婚
evening
恋愛
辺境の小国で育ち、王女でありながら冷遇され続けてきたセレスティア。
ある日、彼女は父王の命令で、圧倒的な軍事力と権威を誇る隣国・シュヴァルツ公国の公子ラウルとの政略結婚を余儀なくされる。周囲は「愛など得られない」と揶揄するばかり。それでも彼女は国のために渋々嫁ぐ道を選んだ。
ところが、ラウルは初対面で「愛を誓う気はない」と冷たく言い放ち、その傍らには“奇跡の力”を持つと噂される美貌の聖女・フィオナが仕えていた。彼女は誰はばかることなく高慢な態度を取り、「ラウルを支えるのは聖女である私」と言い放つ。まるでセレスティアが入り込む隙などないかのように──。
だが、この“奇跡”を振りかざす聖女には大きな秘密があった。実はフィオナこそが聖女を偽る“偽りの存在”だったのだ。政略結婚という不遇の境遇にありながらも、セレスティアは自分の誇りと優しさを武器に、宮廷での地位を切り拓こうと奮闘する。いつしかラウルの心も、彼女のひたむきさに揺れ動き始めるが、フィオナの陰謀や、公国の権力争いがふたりを大きな危機へと導いてしまう。
「あなたが偽物だって、私が証明してみせる。私の運命は、私自身が切り開く──!」
高慢なる“偽りの聖女”に対峙するとき、セレスティアの内なる力が目覚める。愛と陰謀が渦巻く華麗なる宮廷で、彼女が掴む未来とは? 運命を変える壮大な恋物語が、いま幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる