琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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穏やかな朝

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 ミアがワゴンを押して戻ってきた。エプロンを外してから、ラルフの正面に座る。
「ルズさんが良い食材を運んでくださったので、きちんとした朝食が用意できました」
「そうらしいな、どうした風の吹き回しかな」
 ラルフのからかうような口調に、ルズは「ふん」と横を向いた。
「僕はミアのために運んであげたのさ」
「うふふ、ありがとうございます。でも私だけのためではないでしょう、だって……」
「ああーッと!! そういえば昨夜は何かあったのかな。外の様子が変わってるよね。強力な結界を感じるんだけど!」

 ルズが耳元で大声を出すので、ラルフは顔をしかめた。
「うるさいぞ、ルズ」
「おっと、ごめん。へへへ」
 一応詫びるが、あまり反省した様子ではない。というより、どこかはしゃいでるように見える。おかしなやつだとラルフは肩をすくめ、昨夜あった出来事をかいつまんで聞かせた。
 ミアも静かに耳を傾けている。
 ラルフは考えて、魔物がミアを欲していたことは、彼女がいないところでルズに話すことにした。魔物の目的が何なのか曖昧だし、むやみに不安がらせることはない。

「へえ、珍しいことがあるもんだね。……っていうより初めてじゃないの、あいつがここまで来たのは」
「あれは何だったのですか。大きな獣が窓の外からこちらを見て……恐ろしかった」
 昨夜の恐怖を思い出したのか、ミアは蒼ざめている。スプーンを持つ手が震え、スープ皿がカチカチと音を立てた。ラルフはほんの一瞬、その手を握ってあげようと思うが、思うだけで止めた。
 勘違いされては困る。
「お前が見たのは獣ではない。あれこそが暗黒の森を支配する魔王……すべてを呑み込んでしまう化物だ」

 ラルフの返事を聞き、ミアは青ざめた。
「窓を覗いていたのは、魔物だったのですか!?」
「そうだ。ただし、あの貌は黒い霧が集まったもので、イメージにすぎない。黒い霧そのものが魔物本来の姿であり、あらゆる形に変化できる」
 そうとしか説明のしようがない。あれの実体が何なのか、そしてなぜ自分があれを制御できるのか、はっきりと分からないのだ。

「黒い霧の魔物。実体が掴めないので、人間どもには異様に恐れられている」
「恐ろしいです。私一人の時はどうすれば良いのでしょう」
「大丈夫だ。敷地内にいる限り魔物は手を出せない」
 ミアがやたらと怖がるので安心させたが、ラルフはおかしな気分だった。
 いつもなら、こんな気弱な女にはもっと冷たい気持ちになるはずなのに、なぜか今回は違う。

(それどころか……)

 ラルフはかぶりを振ると、立ち上がった。
「お食事はもうよろしいのですか」
「ああ」
 ミアの顔を見ずに返事する。
 ラルフは食堂の窓から直接庭に出て、豆の木を伝って物見櫓にすいすいと登っていった。

「ラルフ様は身が軽いのですねえ」
 窓からラルフを見上げ、ミアが感心する。ルズはちょっと面白くなさそうに、
「ああ、軽いね。女性には特にね」
「え?」
「なんでもな~い」
 クルルルといたずらっぽく鳴くと、翼を広げてミアの肩に飛び乗った。

「そんなことより、早くあれを作ってあげてよ。きっと喜ぶよ」
「うん。そうしたら、ベル様を早く見つけてくださるかしら」
「う、う~ん。多分ね」
 ルズは首を傾げながら、櫓のてっぺんで足を組んで寝そべるラルフを眺めた。
「……どうするつもりなんだか」
 妖獣はつぶやき、ミアのか細い首に掛かる革紐に顔を擦り付けた。彼女の幸運を祈るように。
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