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儀式の準備
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バスタブの隅々まで掃除が行き届いている。
泡立つ湯につかりながら、ラルフは驚きを新たにした。一体あの娘は限られた時間の中で、どのように働いたのか。それこそ、魔法でも使ったのではないかと疑ってしまう。
「ふう、心地良いな」
清潔なバスタブでのんびりと手足を伸ばす。体の芯からほぐれていくようだ。
かつてこんな感覚を味わったことがあっただろうか。ラルフは今までの暮らしを振り返ってみた。1000年という気の遠くなるような時の中で、快楽だけを妻に求めてきた。
(ああ、どの女もその点では素晴らしかったな)
ラルフは閉じかけた瞼を、ゆっくりと開く。
ミアの痩せた体と貧相な顔立ちが、石造りの壁に浮かんだ。
「……真っ暗にすれば、抱けないことはない」
彼の中の野性が急速に萎えていくのを、どうしようもなかった。
「媚薬でも使うか」
いかにも気落ちした声で、独りごちる。
とにかく、ミアを説得しなければならない。身体にいい思いをさせてやるのが最善の策だと、彼は考えている。
もちろん手っ取り早いのは、ミアを始末してしまうことだ。しかし、それは彼の美学に背く。あまりにも無粋な行為だ。こんなに心地良い気持ちにさせてくれたミアの能力に対して、申し訳ないと思う。
気長に、気長に、根気よく――彼は口の中で繰り返した。
バスルームを出たあと、ラルフは寝室に上がり、"儀式"の準備を始めた。
魔法で鍵を解いてチェストの引き出しを開けると、何本かの瓶を取り出す。古いラベルが示すそれらは、大陸の東西から集めた薬草である。
遠い記憶を頼りに、彼は調合した。
「こんなものを使うはめになるとは。いや、使うかどうかは成り行き次第だが……とりあえず備えておこう」
デンプンで作られた薄い膜に媚薬を包み、枕の下に潜らせた。
これで儀式の準備は整った。
ラルフはローブを脱ぎ捨て、素裸になってベッドに寝そべる。
痩身だが、しなやかで力強く、精気に満ちた裸体が、燭台の灯に淡く浮かび上がった。強い女の生命を、星の数ほど喰らってきた罪深い身体はしかし、聖なる美しさにあふれている。
「……ん?」
寝そべったまま、暗い窓に目をやると、妖獣の紅い翼がひゅっとかすめた。ようやっと、ルズがねぐらに帰って行くらしい。
「ほう、儀式の邪魔はしないのか」
ラルフは枕に深く頭を沈めた。あとはこうして、新妻が来るのを待つのみである。
とても静かだった。
今夜も月が隠れ、漆黒の沼に森も屋敷も呑まれたかのように、不気味な夜である。微かに眉根を寄せたラルフの上で、燭台の灯が生き物のように揺れた。
ぎこちなく階段を踏む足音が聞こえたのは、その時。
その音がドアの前で止まった瞬間。
ラルフはなぜか、背筋が冷たくなるような緊張を覚えた。
泡立つ湯につかりながら、ラルフは驚きを新たにした。一体あの娘は限られた時間の中で、どのように働いたのか。それこそ、魔法でも使ったのではないかと疑ってしまう。
「ふう、心地良いな」
清潔なバスタブでのんびりと手足を伸ばす。体の芯からほぐれていくようだ。
かつてこんな感覚を味わったことがあっただろうか。ラルフは今までの暮らしを振り返ってみた。1000年という気の遠くなるような時の中で、快楽だけを妻に求めてきた。
(ああ、どの女もその点では素晴らしかったな)
ラルフは閉じかけた瞼を、ゆっくりと開く。
ミアの痩せた体と貧相な顔立ちが、石造りの壁に浮かんだ。
「……真っ暗にすれば、抱けないことはない」
彼の中の野性が急速に萎えていくのを、どうしようもなかった。
「媚薬でも使うか」
いかにも気落ちした声で、独りごちる。
とにかく、ミアを説得しなければならない。身体にいい思いをさせてやるのが最善の策だと、彼は考えている。
もちろん手っ取り早いのは、ミアを始末してしまうことだ。しかし、それは彼の美学に背く。あまりにも無粋な行為だ。こんなに心地良い気持ちにさせてくれたミアの能力に対して、申し訳ないと思う。
気長に、気長に、根気よく――彼は口の中で繰り返した。
バスルームを出たあと、ラルフは寝室に上がり、"儀式"の準備を始めた。
魔法で鍵を解いてチェストの引き出しを開けると、何本かの瓶を取り出す。古いラベルが示すそれらは、大陸の東西から集めた薬草である。
遠い記憶を頼りに、彼は調合した。
「こんなものを使うはめになるとは。いや、使うかどうかは成り行き次第だが……とりあえず備えておこう」
デンプンで作られた薄い膜に媚薬を包み、枕の下に潜らせた。
これで儀式の準備は整った。
ラルフはローブを脱ぎ捨て、素裸になってベッドに寝そべる。
痩身だが、しなやかで力強く、精気に満ちた裸体が、燭台の灯に淡く浮かび上がった。強い女の生命を、星の数ほど喰らってきた罪深い身体はしかし、聖なる美しさにあふれている。
「……ん?」
寝そべったまま、暗い窓に目をやると、妖獣の紅い翼がひゅっとかすめた。ようやっと、ルズがねぐらに帰って行くらしい。
「ほう、儀式の邪魔はしないのか」
ラルフは枕に深く頭を沈めた。あとはこうして、新妻が来るのを待つのみである。
とても静かだった。
今夜も月が隠れ、漆黒の沼に森も屋敷も呑まれたかのように、不気味な夜である。微かに眉根を寄せたラルフの上で、燭台の灯が生き物のように揺れた。
ぎこちなく階段を踏む足音が聞こえたのは、その時。
その音がドアの前で止まった瞬間。
ラルフはなぜか、背筋が冷たくなるような緊張を覚えた。
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