琥珀色の花嫁

藤谷 郁

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光る化石

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「それにしても、実に醜い娘だ」
 ラルフは蜂蜜味の揚げ菓子をつまみながら、娘を見やった。
 燭台の灯に照らされた顔は痩せて薄っぺらであり、枕に骸骨のような影を作っている。髪も爪もかさかさで、見るからに不健康だ。
 栄養が足りていないのはあきらかだが、それを差し引いても……
 ラルフはカップに注いだ熱い紅茶にブランデーを数滴たらすと、不機嫌な表情のまま口に運んだ。

「いや、やつれているのは問題ではない。そんなものは、美醜を量る材料にはならない」

 眉根を寄せ、苦しげにうめいている。心の脆弱を表すような娘の寝顔。その弱々しさが、あまりにも見苦しいのだ。ラルフにとって弱い女とは、己を苛立たせる忌々しい存在でしかない。

 何百年ぶりかで鍵を開けた客間の、柔らかなベッドで眠る娘。その枕元でルズが体を丸め、彼女を守るように休んでいる。
「ルズ」
 そっと呼ぶが反応が無い。どうやら彼も夢の中にいるらしい。
 随分とのん気な妖獣である。
「しょうがないな」
 ラルフは燭台を手にすると、立ち上がった。妻が去った今夜は、独り寝をしなければならない。
「ふむ、この時期の夜は長いというのに退屈だな」
 彼はひとりごちてドアノブを回しかけたが、ふと、後ろを振り向く。娘の足元に放り出されている、粗末な袋に目を当てた。
「……私は泥棒はしない」
 と言いながら、すたすたと歩いてベッドの脇に屈むと、袋の紐を素早く解いた。

 携帯用のパン、ビスケット、乾燥フルーツ。他には、小さな水筒、裁縫道具。僅かばかりの小銭が入った布の財布。
 想像した通り、大したものはなかった。
 姉のベルが丈夫な革鞄に詰めていた中身と、えらい違いである。
「本当に同じ家で育った姉妹なのか?」
 疑問に思いつつ燭台の灯りを袋の上にかざすと、袋の底に、何か四角い影があるのが分かった。取り出すと、手の平に乗るぐらいの小さな本である。

【トーマクラシック百科】

 そう書かれた表紙はぼろぼろで、ところどころめくれているし、手垢で汚れてもいる。
 ラルフは指先でつまむようにして、用心深くページをめくっていった。
 中は意外ときれいで、虫も喰っていない。
 しかし、妙な本である。

 どこもかも白紙であり、文字が一つも書かれていないのだ。
 もう一度表紙を見直す。トーマクラシック百科と、確かにタイトルが箔押しされている。
「どこが百科なんだ。インクが消えたのか?」
 つまらなそうに言うと本を元どおり袋に放り込み、すっくと立ち上がって娘を見下ろした。
 退屈凌ぎにもならないその容貌に、思わず眉をひそめる。
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