フローライト

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
76 / 82
春風

6

しおりを挟む
「みんなよく来てくれたね、ありがとう」


智子が話しかけるが、四人はうんうんと頷くのみ。その時、背後から大きな声が聞こえた。


「やあ、皆さん、お揃いで!」


振り返ると、シルバーグレイのタキシードに身を包んだ後藤が、やや硬い表情で立っていた。


「わっ、後藤さん。すごい、タキシードだ」

「かっこいいですねぇ」

「しぶーい」


後藤は笑顔になり、大げさに髪を撫でつけてみせる。


「いや~、この俺も、さすがに今日はいつもとイメージが違うだろ。ふははは……」


いつもと違うと言われても、彩子以外は後藤と初対面である。さすがの彼も舞い上がっているようだ。


「そろそろ披露宴が始まります。ご準備はよろしいですか」


スタッフの動きが慌しくなる。

彩子は智子の手を握りしめると、


「智子、本当におめでとう。幸せになってね」

「ありがとう、彩子」


短く言葉を交わし、皆と一緒に披露宴会場に戻った。

披露宴会場に着くと、彩子は良樹を見つけて隣の席に座った。彩子達のテーブルには、後藤の会社の上司や同僚が配席されている。


「智子、すごくきれいだよ。後藤さんもかっこよかった」

「そうか、楽しみだな」


二人で話していると、BGMが流れ、新郎新婦の入場が伝えられた。披露宴が始まるのだ。

彩子はドキドキしてきた。


新郎新婦が入場すると、大きな拍手が沸き起こる。二人とも緊張した様子だが、笑顔は幸せに溢れている。

彩子達の横を進む時、後藤は良樹にウインクしてみせた。智子も彩子に目で合図を送る。

会場は祝福の拍手でいっぱいになった。


「すごく幸せそう」

「ああ、二人とも本当に良い顔してる」


披露宴は和やかに進んだ。

スピーチを頼まれた彩子は、友人代表で祝辞を送った。緊張したけれど、後藤と智子はにこにこと聞いてくれた。

出席者の歌の披露、アルバム上映など、宴は盛り上がっていく。

お色直しの間に、ちょっとしたできごとがあった。

彩子の隣の席に、見知らぬ若い男が腰かけ、話しかけてきたのだ。良樹と反対側の席である。


「こんにちは。僕、後藤さんの野球仲間で、水野といいます。君は後藤さんの会社の人?」


どうやら彼は、彩子のスピーチを聞いていなかったらしい。


「いえ、智子さんの友人です。山辺といいます」


男は、弟と同じくらいの年齢だ。


「そう、山辺さん。この後、二次会もあるみたいだけど、君も出るのかな」


男は膝を寄せてきた。だいぶアルコールが入っているようだ。


「いえ、私は披露宴だけで帰る予定ですが」

「そうなんですか、残念だなあ」


鈍い彩子も何となくわかってきた。男は良樹の存在に気付いていない。


「ずばり、彼氏はいますか!?」

「えっ?」


良樹は他の客の酌を受けている。

彩子は迷ったが、男から良樹が見えるように身体を引くと、ありのままを告げた。


「彼は私の夫です」


男はもちろん、振り向いた良樹も面食らっている。


「しっ、失礼しましたあっ!」


男は立ち上がると、良樹に向かって頭を下げ、慌てて去って行った。


彩子は良樹と目を合わせ、首をすくめた。


「あんなこと初めてだから。びっくりして、つい夫だなんて……」

「間違ってはいないよな」


良樹は彩子の左手に自分の右手を重ね、指輪ごと包み込む。


「彩子は、俺だけの彩子だ」


爽やかに笑い、妻になる女性ひとを愛しげに見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...