雪の日に

藤谷 郁

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提案

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兼六園を後にして、東吾さんの実家へと向かった。

私は車の中で、就職先のことを話した。東吾さんはとても喜んでくれた。

「そうですか、金沢に職場が」

「はい」

私が就職したのはオンラインソフトウェアを扱うコンピュータ関連の会社で、勤めるのは金沢支店。

「本社は東京なんですけど、来年春に金沢に支店が置かれるので、新卒を募集していたんです」

金沢駅から兼六園に行く途中に見かけた、来年の春オープンするというオフィスビルのワンフロアに事務所が入る予定だ。

「そんなわけで、試験も面接も東京で行われたんです。黙ってて、ごめんなさい」

私がぺこりと謝ると、東吾さんは首を横に振り、よくやったねというように頭を撫でてくれた。軽い触れ方だけれど、ドキッとする。

「なんとなく、そんな気がしてましたから。それより、雪さんがこっちに来てくれることが嬉しいな。うん、本当に良かった」

就職先を金沢に決めた私は、もしかしたら東吾さんに、重たい女だと思われるのではと不安になった。だから、最後まで言い出せずにいたのだ。

でも、そんな気遣いは無用だったと知る。彼は雪の重みに千切れてしまうような、やわな男性ではない。

「両親も喜びますよ。君の父上に、しつこく探りを入れてましたからね」

「うふ……すみません」

二人の父が押したり引いたりする姿を想像し、私も東吾さんも思わず笑った。この町で育まれた、限りなく愛情に近い友情に、心から感謝した。



諏訪の両親は私を歓迎してくれた。

昼食をご馳走になり、その後は父がこれまで送り続けてきた私の写真と近況報告を一緒に眺めた。懐かしくて楽しい時間を過ごすことができた。

帰り際、ぜひ泊まっていくようにと引きとめられ、私もそうしたかったけれど、予定どおり帰ることにする。二人は名残惜しげに私を解放すると、外まで見送ってくれた。

「これ、お土産ね。雪ちゃんの好きなお菓子も、ちゃあんと入れておいたからね」

「足もと気をつけて、転ばんように帰れよ。お父さんとお母さんによろしくな」

子供の頃と変わらず接してくれる二人に挟まれ、ちょっぴり気恥ずかしいけれど、やっぱりありがたい。東吾さんはにこにこして、見守ってくれた。 

「さて、行きましょうか」

「はい……」

東吾さんの実家を出る時、「これから金沢駅に送るけど、その前に時間があるし、どこか観光しようか」と、彼は提案した。そのはずだったのだが、東吾さんはやはり駅の方向へ車を走らせている。

(やっぱり、どこにも寄らないのかな)

もしや、このままお別れなのでは。電車の時間まで間があるのに……

私は急激に寂しくなってきた。

東吾さんは、違うのだろうか。

ちらりと彼を窺うけれど、どうしてか無口になり、横顔に笑みはなかった。




東吾さんは車を西口の駐車場にとめた。私の旅行鞄を下すと、それを持ってすたすたと駅へと歩いていく。

やはり、これでお別れなのだ。

私は車の傍で立ち止まっていたが、東吾さんが怪訝そうに振り向いたので、仕方なくついて行った。

「僕からも、ご両親にお土産を」

土産売り場で干菓子を買うと、鞄に詰めてくれた。そして、やはりそれを運んでくれたのだが、彼の行先は私の予測とは外れていた。

東吾さんは荷物をロッカーに預けた。

「東吾さん?」

「まだ時間があるでしょう。来てください」

戸惑う私の手を取ると、身体にぴたりとくっつけるように引き寄せた。鼓動が伝わってしまいそうな密着感に、頬が熱くなる。

「こっちです」

「あ……」

やや強引な足運びに、ある予感がした。


――すみません、ちょっと、勝手なことを考えていました。


急に緊張を覚える。

私と彼は許嫁。二人の恋愛には、それが前提としてあるわけで……



ホテルのロビーにはチェックインの手続きをする人達がフロントに並んでいる。

私は椅子に座って東吾さんを待ちながら、その様子をぼんやりと眺めた。多くは観光客であり、私もその一人だ。泊まりはしないけれど。


「緊張しますか」

エレベーターで二人きりになると、東吾さんが声をかけた。

「は、はい……」

正直に答える私に、彼は困ったように笑う。

シンとしたこの空気をどうすればいいのか、皆目わからない。

東吾さんは私の手を強く握ると、客室フロアに到着したエレベーターから連れ出し、その場所へと誘う。手袋越しに男の人の感触があった。

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