雪の日に

藤谷 郁

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思案

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十二月半ばの日曜日に、日帰りの予定で金沢を訪れる。そのことは、東吾さんに手紙で報せてあった。それからずっと電話を待っていたと彼は言う。

「ようやく会えるんだなって、つい興奮して、雪さんの電話に唐突な対応をしてしまった。すみません」

「いえ、私こそ前日ぎりぎりに連絡するなんて失礼でした。それに、緊張してしまって、無愛想だったかも……ごめんなさい」

二人は立ち止まると、顔を見合わせる。初めて間近で見る互いの姿に、どちらも感動を覚えていた。そして、直に言葉を交わせることに嬉しさがこみあげてきて、微笑み合った。

「でも、あの電話では、東吾さんはずいぶん落ち着いていましたよ」

「そうかな。いや、僕は興奮するとかえって言葉が少なくなるので、そう聞こえたんでしょう」

手紙ではわからないことが、明らかになっていく。東吾さんが興奮していたとは意外だけれど、でも実は知っていたような気もするのだ。

生まれる前に、ご縁を結んだ人。初めて会うのに、とてもよく知っている人。

東吾さんはチャコールグレイのダウンジャケットを羽織り、冬物のパンツを履いている。全体的にシンプルなデザインだけど、年齢相応の服装センスは好感が持てる。

私はなるべく大人っぽくしようと新しい洋服を探したのだが、結局手持ちの中から選んだ。だから私も年齢相応。これでよかったのだと思える。

駅の東口にはバスロータリーや広場があり、頭上には総ガラス製の大きな屋根があった。「もてなしドームです」と、東吾さんが教えてくれた。雪や雨に濡れないようにと、そっと傘を差し掛ける優しさを表している。

ドームを抜けると、これもまた巨大な門が立っていた。ガラスの屋根とは対照的な木造である。

「こちらが鼓門。伝統芸能の鼓をイメージしています」

「わあ、立派ですね。すごい、きれいです!」

ブーツでつま先立ちし、夢中で見上げていた私はのけ反ってしまい、東吾さんに支えられた。

「ご、ごめんなさい」

「はは……わかります。つい見惚れてしまうね」

慌てて立ち直るが、東吾さんはそのまま私の手を取り、そっと引き寄せた。

「あ……」

「危なっかしいから」

東吾さんは私の旅行鞄を持ってくれている。その上、私自身まで荷物になるなんてと躊躇ったが、彼は離さない。手袋越しに伝わる力強い支えに、甘えることにした。

駐車場にとめてある東吾さんの車に荷物を載せてもらった。日帰りだけど鞄が大きいのは、お土産を運んできたからだ。諏訪家にと、両親から預かった菓子も入っている。

「兼六園を見学した後、実家に寄ります。両親も君のことを心待ちにしてますよ」

「あ、ありがとうございます」

東吾さんの両親、諏訪夫妻と会うのは初めてではない。彼らは関東を旅行するさい、たびたび我が家を訪れている。子供の頃など、毎回たくさんのお土産を私のために用意して、とても可愛がってくれた。二人とも明るく、気さくな人柄だ。

だから、今日は東吾さんのご両親より、東吾さん本人に会うことに緊張している。物事の順序が逆だけれど、これが許婚というものかもしれない。



兼六園までは車で十分ほど。東吾さんは、雪の積もる街を慣れた運転で走った。

「金沢って都会ですね。それに、街並みがきれい」

「まあ、東京に比べたらこじんまりとしたものだけど。街並みがきれいなのは、電柱が地中化されているし、景観を大事にしてるからかな」

「そうなんですか。あ……」

通りの角に立つひときわ新しいビルに、目をとめた。

「あのビルは来年の春、完成するらしい。ビジネスビルかな」

「……ええ」

まだ内装が工事途中のようで、作業員が出入りしている。私は窓に顔をくっつけて、ビルの上方を見上げた。

「どうかしましたか?」

「いえっ、なんでも……」

慌てて前に向き直ると、首を横に振る。

(今はまだ、話さないでおこう。後でゆっくり時間が持てるのだから)

信号が黄色に変わり、東吾さんは静かに車を停止させた。窓が少し曇っている。

「ところで、雪さん。今日は夕方六時くらいの電車で帰るんですよね」

「ええ」

「そうですか」

東吾さんはなぜか黙り込んだ。フロントガラスの遠くを見るようにして、何事か思案する横顔だ。

「あの、電車の時間が、なにか」

「すみません、ちょっと、勝手なことを考えていました」

「え?」

信号が青に変わり、東吾さんは私に笑いかけてから車を発進させる。

静けさが車内に漂ったが、兼六園の駐車場に入る頃には会話を再開していた。窓の曇りもきれいに消えていた。


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