雪の日に

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
2 / 7

手紙

しおりを挟む
諏訪東吾様――

メールと違い、文字に緊張が表れてしまう。私は便箋を一冊使い切ってしまう勢いで、何枚も書き直し、ようやく一枚にまとめることができた。

東吾さんと同じ儀礼的な文章になったけれど、私にはこれが精一杯。

(もしかして、彼も?)

傍らに置いた絵はがきを見つめながら、なんとなくそう思った。

私はそれまで……ハタチになるまで、男の子と付き合った経験は一度だけ。大学一年生の頃で、初めての彼氏だった。彼はいわゆる草食系タイプで、女友達の延長のような付き合いをしていた。

だけど、やはり男は男。やがて肉体関係を求めてくる。

私なりに彼氏のことを好きだったけれど、どうしてかそれは望まなかった。何度か誘いを断るうち、次第に気まずくなり、自然解消した。


こんな私を理解してくれる友人は皆無だった。彼氏がかわいそうとまで言われた。確かにそうかもしれないが、肉体関係だけが愛情表現ではないのに。もう少し、待ってくれたっていいのに。

だけど、それは勝手な言い分である。いつからか、『私の身体は清くなければならない』という意識が生まれていたのかもしれない。

初めは、『雪は東吾君の嫁に』と、しつこく言う父親に植えつけられた観念だと思っていた。

でも、それは違っていたと、手紙の文面を見直しつつ考え始めていた。

きっと私の意思だったのだ。

大学二年の冬。成人式の日を境に、私の気持ちは思わぬ方向へと大きく傾いていく。

諏訪東吾さんは、私のことをどう思っているのだろう……


振袖姿の写真に、絵はがきのお礼の手紙を添えた。

その数日後、私宛で封書の手紙が届き、差出人は諏訪東吾とあった。父も母も通さず、私だけに宛てられた手紙である。

絵はがきと違い、封書なので家族も見ることができない。大事に両手で持つと、自分の部屋に引きこもり、どきどきしながら開封した。

そこには、彼自身の筆で近況報告が綴られていた。儀礼的でない少し砕けた文章は、文字と同じで素朴で温かく、でもそれだけではない熱も感じられる。

封筒に写真が残っていることに気がつき、取り出して眺めた。雪の降る中、東吾さんが微笑みを浮かべている。

「あれ……」

見覚えのある背景に、私は目をみはった。彼の背後に、あの絵はがきと同じ庭が写っている。写真を裏返すと、メモ書きがあった。


―― 心が決まったら、会いに来てください ――


私は写真をはらりと手放し、意味もなく部屋の中をうろうろと往復し、窓のカーテンを押し開く。

白い白い花びらが、降り積もっていた。



成人式に届いた絵はがきから後は、東吾さんが直に私へと近況報告をくれるようになった。メールや電話は使わない。手紙でというのが今時珍しく古風だけれど、東吾さんらしい気がする。

私も便箋と封筒を用意して、肉筆で近況を綴った。筆記用具は万年筆を使うのだが、これも東吾さんにならってのこと。大学の友人などは、『いつの時代の人? めんどくさくない?』と、私と彼のやり取りに首を傾げていた。

でも私は、そんな時代錯誤な交流を楽しむことができた。

彼の文字も、砕けていながら礼儀正しい文面も、好感が持てる。写真も律儀に同封されていて、それも私の楽しみになった。

それまで、私にとっての東吾さんは、遠い町に住む、うんと年上のお兄さん。許嫁といっても、しょせんは親が決めたことで、実にあやふやな存在。

そう思っていた。

でも、諏訪さんから定期的に送られる手紙は、彼に親しみを抱かせる潜在的な効果があったらしい。だからこそ、年齢が近付いたと意識したとたん、あやふやな人ではなくなったのだ。

親しみの持てる相手。身近な存在。しかも、結婚の可能性がある男性。

諏訪さんからの手紙は、父がすべて保管してあった。私は東吾さんと文通を始めて間もなく、それらを自分の部屋に持ってきて、最初からじっくりと読み返してみた。

東吾さんの学校や家庭での生活が細やかに書き込まれた手紙は、そのまま彼の成長記録のよう。私への報告というより、諏訪さんの親としての愛情日記だと思える。

ただ、写真にだけは親目線とは別の、ありのままの彼の成長が表れていた。

私は、今は年下になった写真の中の彼らを見つめた。色黒の顔に、やんちゃそうにも見える丸い目が輝いている。小学生の頃から順番に並べていくと、それが段々と落ち着いたものになっていくのが、ありありとわかった。

大学生……つまり、私と同じくらいの年齢だった当時の写真を見て胸が高鳴った。この頃から髪を伸ばし、どこか垢抜けた印象になる。

以前、この写真を父に見せられた私はまだ小学生だった。

子供の私はわからなかったけれど、彼はとても魅力的な青年だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

偽の暴君,漆黒騎士の許嫁です

yu-kie
恋愛
『病んでる』?王子と異国から来た許嫁の物語。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

White Marriage

紫苑
恋愛
冬の日のひとつの恋の物語‥

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...