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手紙
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諏訪東吾様――
メールと違い、文字に緊張が表れてしまう。私は便箋を一冊使い切ってしまう勢いで、何枚も書き直し、ようやく一枚にまとめることができた。
東吾さんと同じ儀礼的な文章になったけれど、私にはこれが精一杯。
(もしかして、彼も?)
傍らに置いた絵はがきを見つめながら、なんとなくそう思った。
私はそれまで……ハタチになるまで、男の子と付き合った経験は一度だけ。大学一年生の頃で、初めての彼氏だった。彼はいわゆる草食系タイプで、女友達の延長のような付き合いをしていた。
だけど、やはり男は男。やがて肉体関係を求めてくる。
私なりに彼氏のことを好きだったけれど、どうしてかそれは望まなかった。何度か誘いを断るうち、次第に気まずくなり、自然解消した。
こんな私を理解してくれる友人は皆無だった。彼氏がかわいそうとまで言われた。確かにそうかもしれないが、肉体関係だけが愛情表現ではないのに。もう少し、待ってくれたっていいのに。
だけど、それは勝手な言い分である。いつからか、『私の身体は清くなければならない』という意識が生まれていたのかもしれない。
初めは、『雪は東吾君の嫁に』と、しつこく言う父親に植えつけられた観念だと思っていた。
でも、それは違っていたと、手紙の文面を見直しつつ考え始めていた。
きっと私の意思だったのだ。
大学二年の冬。成人式の日を境に、私の気持ちは思わぬ方向へと大きく傾いていく。
諏訪東吾さんは、私のことをどう思っているのだろう……
振袖姿の写真に、絵はがきのお礼の手紙を添えた。
その数日後、私宛で封書の手紙が届き、差出人は諏訪東吾とあった。父も母も通さず、私だけに宛てられた手紙である。
絵はがきと違い、封書なので家族も見ることができない。大事に両手で持つと、自分の部屋に引きこもり、どきどきしながら開封した。
そこには、彼自身の筆で近況報告が綴られていた。儀礼的でない少し砕けた文章は、文字と同じで素朴で温かく、でもそれだけではない熱も感じられる。
封筒に写真が残っていることに気がつき、取り出して眺めた。雪の降る中、東吾さんが微笑みを浮かべている。
「あれ……」
見覚えのある背景に、私は目をみはった。彼の背後に、あの絵はがきと同じ庭が写っている。写真を裏返すと、メモ書きがあった。
―― 心が決まったら、会いに来てください ――
私は写真をはらりと手放し、意味もなく部屋の中をうろうろと往復し、窓のカーテンを押し開く。
白い白い花びらが、降り積もっていた。
成人式に届いた絵はがきから後は、東吾さんが直に私へと近況報告をくれるようになった。メールや電話は使わない。手紙でというのが今時珍しく古風だけれど、東吾さんらしい気がする。
私も便箋と封筒を用意して、肉筆で近況を綴った。筆記用具は万年筆を使うのだが、これも東吾さんにならってのこと。大学の友人などは、『いつの時代の人? めんどくさくない?』と、私と彼のやり取りに首を傾げていた。
でも私は、そんな時代錯誤な交流を楽しむことができた。
彼の文字も、砕けていながら礼儀正しい文面も、好感が持てる。写真も律儀に同封されていて、それも私の楽しみになった。
それまで、私にとっての東吾さんは、遠い町に住む、うんと年上のお兄さん。許嫁といっても、しょせんは親が決めたことで、実にあやふやな存在。
そう思っていた。
でも、諏訪さんから定期的に送られる手紙は、彼に親しみを抱かせる潜在的な効果があったらしい。だからこそ、年齢が近付いたと意識したとたん、あやふやな人ではなくなったのだ。
親しみの持てる相手。身近な存在。しかも、結婚の可能性がある男性。
諏訪さんからの手紙は、父がすべて保管してあった。私は東吾さんと文通を始めて間もなく、それらを自分の部屋に持ってきて、最初からじっくりと読み返してみた。
東吾さんの学校や家庭での生活が細やかに書き込まれた手紙は、そのまま彼の成長記録のよう。私への報告というより、諏訪さんの親としての愛情日記だと思える。
ただ、写真にだけは親目線とは別の、ありのままの彼の成長が表れていた。
私は、今は年下になった写真の中の彼らを見つめた。色黒の顔に、やんちゃそうにも見える丸い目が輝いている。小学生の頃から順番に並べていくと、それが段々と落ち着いたものになっていくのが、ありありとわかった。
大学生……つまり、私と同じくらいの年齢だった当時の写真を見て胸が高鳴った。この頃から髪を伸ばし、どこか垢抜けた印象になる。
以前、この写真を父に見せられた私はまだ小学生だった。
子供の私はわからなかったけれど、彼はとても魅力的な青年だったのだ。
メールと違い、文字に緊張が表れてしまう。私は便箋を一冊使い切ってしまう勢いで、何枚も書き直し、ようやく一枚にまとめることができた。
東吾さんと同じ儀礼的な文章になったけれど、私にはこれが精一杯。
(もしかして、彼も?)
傍らに置いた絵はがきを見つめながら、なんとなくそう思った。
私はそれまで……ハタチになるまで、男の子と付き合った経験は一度だけ。大学一年生の頃で、初めての彼氏だった。彼はいわゆる草食系タイプで、女友達の延長のような付き合いをしていた。
だけど、やはり男は男。やがて肉体関係を求めてくる。
私なりに彼氏のことを好きだったけれど、どうしてかそれは望まなかった。何度か誘いを断るうち、次第に気まずくなり、自然解消した。
こんな私を理解してくれる友人は皆無だった。彼氏がかわいそうとまで言われた。確かにそうかもしれないが、肉体関係だけが愛情表現ではないのに。もう少し、待ってくれたっていいのに。
だけど、それは勝手な言い分である。いつからか、『私の身体は清くなければならない』という意識が生まれていたのかもしれない。
初めは、『雪は東吾君の嫁に』と、しつこく言う父親に植えつけられた観念だと思っていた。
でも、それは違っていたと、手紙の文面を見直しつつ考え始めていた。
きっと私の意思だったのだ。
大学二年の冬。成人式の日を境に、私の気持ちは思わぬ方向へと大きく傾いていく。
諏訪東吾さんは、私のことをどう思っているのだろう……
振袖姿の写真に、絵はがきのお礼の手紙を添えた。
その数日後、私宛で封書の手紙が届き、差出人は諏訪東吾とあった。父も母も通さず、私だけに宛てられた手紙である。
絵はがきと違い、封書なので家族も見ることができない。大事に両手で持つと、自分の部屋に引きこもり、どきどきしながら開封した。
そこには、彼自身の筆で近況報告が綴られていた。儀礼的でない少し砕けた文章は、文字と同じで素朴で温かく、でもそれだけではない熱も感じられる。
封筒に写真が残っていることに気がつき、取り出して眺めた。雪の降る中、東吾さんが微笑みを浮かべている。
「あれ……」
見覚えのある背景に、私は目をみはった。彼の背後に、あの絵はがきと同じ庭が写っている。写真を裏返すと、メモ書きがあった。
―― 心が決まったら、会いに来てください ――
私は写真をはらりと手放し、意味もなく部屋の中をうろうろと往復し、窓のカーテンを押し開く。
白い白い花びらが、降り積もっていた。
成人式に届いた絵はがきから後は、東吾さんが直に私へと近況報告をくれるようになった。メールや電話は使わない。手紙でというのが今時珍しく古風だけれど、東吾さんらしい気がする。
私も便箋と封筒を用意して、肉筆で近況を綴った。筆記用具は万年筆を使うのだが、これも東吾さんにならってのこと。大学の友人などは、『いつの時代の人? めんどくさくない?』と、私と彼のやり取りに首を傾げていた。
でも私は、そんな時代錯誤な交流を楽しむことができた。
彼の文字も、砕けていながら礼儀正しい文面も、好感が持てる。写真も律儀に同封されていて、それも私の楽しみになった。
それまで、私にとっての東吾さんは、遠い町に住む、うんと年上のお兄さん。許嫁といっても、しょせんは親が決めたことで、実にあやふやな存在。
そう思っていた。
でも、諏訪さんから定期的に送られる手紙は、彼に親しみを抱かせる潜在的な効果があったらしい。だからこそ、年齢が近付いたと意識したとたん、あやふやな人ではなくなったのだ。
親しみの持てる相手。身近な存在。しかも、結婚の可能性がある男性。
諏訪さんからの手紙は、父がすべて保管してあった。私は東吾さんと文通を始めて間もなく、それらを自分の部屋に持ってきて、最初からじっくりと読み返してみた。
東吾さんの学校や家庭での生活が細やかに書き込まれた手紙は、そのまま彼の成長記録のよう。私への報告というより、諏訪さんの親としての愛情日記だと思える。
ただ、写真にだけは親目線とは別の、ありのままの彼の成長が表れていた。
私は、今は年下になった写真の中の彼らを見つめた。色黒の顔に、やんちゃそうにも見える丸い目が輝いている。小学生の頃から順番に並べていくと、それが段々と落ち着いたものになっていくのが、ありありとわかった。
大学生……つまり、私と同じくらいの年齢だった当時の写真を見て胸が高鳴った。この頃から髪を伸ばし、どこか垢抜けた印象になる。
以前、この写真を父に見せられた私はまだ小学生だった。
子供の私はわからなかったけれど、彼はとても魅力的な青年だったのだ。
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