夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
168 / 179
鍛えてやるよ

1

しおりを挟む
 壮二が顔を洗ってリビングに戻ると、武子がテーブルに朝食を運んでいた。寛人は椅子に座り、例の文集を眺めている。

「いやあ、知らなかったぜ。希美さんがこんな未来を描いてたなんて。格差婚ってやつか?」
「いろいろと事情があるんだよ」

 武子が言うと、寛人はなるほどという顔をした。思い当たることがあるらしい。

 壮二は皿を運ぶのを手伝い、武子と一緒にテーブルにつく。朝食は焼き魚と卵焼き、ほうれん草のおひたしという和食メニューだ。
 あとは、すき焼きの材料が残っていたので具だくさんの味噌汁を作った。
 
「いい味付けだね」
「おっ、ホントだ。壮二は料理の才能があるな」

 いつもどおり調理しただけなのに、二人に褒められて壮二は照れくさかった。

(それにしても……)

 朝食を取りながら、武子から言われた言葉を噛みしめる。
 北城希美の理想の夫像もびっくりだが、理想の男性像にはさらに驚愕させられた。好きなタイプが筋肉もりもりのガチマッチョとは、意外すぎる。

 壮二は中学まで野球をやっていたが、高校は運動部に入らず演劇部員だった。

(スポーツは好きだけど、鍛えたことはないな。体格も普通だし……)

 目の前の二人を見やり、ため息をつく。

(いや、普通じゃなくて痩せっぽちだ。希美さんの理想からほど遠い体格なんだ、僕は)

「食後のデザートはオレンジにしようか。りんごは潰しちゃったからね」

 武子は冗談ぽく言うと、デザートを用意した。くし型に切ったオレンジを皿に盛り付け、壮二の前に置く。

「さっきの話だけどね、壮二」
「あ、はい」

 武子は真面目な目つきになった。

「壮二はお嬢様の理想の夫像に限りなく近いタイプだよ。昨日、あんたを一目見てピンときたんだ」
「そうなんですか?」

 喜ばしい評価にドキッとする。北城希美を赤ん坊の頃から知る彼女が言うなら、間違いない。

「派手さはないけど……何かこう、可能性を感じるんだよね。そこらの男にはない、特別なものを持ってるような気がする」
「は、はあ」

 自分ではよくわからないので、壮二は曖昧な返事になる。

「もしあんたが本気なら、手伝ってもいいよ」
「ええっ?」
 
 思わず声を上げ、オレンジを取り落した。武子の隣で、寛人も驚いている。

「それってつまり、希美さんの理想の男性像になるよう、壮二を鍛えるってことか」
「ああ。壮二がその気ならね」

 壮二は不思議だった。昨日会ったばかりの自分に、なぜ武子はここまでしてくれるのだろう。

「まあ鍛えるといっても、アタシらのようになる必要はないよ。こんなにデカくなったら、地味どころか目立っちまうからね。希美お嬢様もそこのところは、ある程度妥協するだろうさ」
「てことは、目立たないていどに身体を作るって感じだな」

 二人の会話を聞いて、少しホッとする。ハードトレーニングに耐える覚悟はあるが、アルバイトにあてる時間と体力は残しておきたい。

(そういえば、僕は貧乏学生だったな……)

 壮二はその辺りが気になった。よく考えたら、今の自分では社長令嬢の希美とは経済格差が大きすぎる。
 だが武子はその不安を見抜いたようで、あっさりと答えをくれた。

「身分差なんて関係ないよ。あんただっていつまでも学生じゃないし、普通のサラリーマンになればいいんだ。もし気になるなら、お嬢様に直接聞いてみるといい。おそらく、『私と結婚すれば経済格差なんてゼロになるわ』って、お答えになるだろうね」
「……なかなか、豪胆な女性ですね」

 壮二は気が楽になると同時に、北城希美という女性にがぜん興味が湧いてきた。聞けば聞くほど、魅力的な人である。
 姿勢を正し、きちんと武子に向き合った。

「ぜひ、お願いします。希美さんの理想の男になるため、頑張ります!」

 武子は満足そうに微笑み、右手を差し出した。誓いの握手だろう。
 壮二も応えようとするが、あることが頭をよぎり、伸ばしかけた手をスッと引っ込める。

「どうしたんだい?」
「おい、やっぱりビビってるのか」

 二人に怪訝な顔をされ、壮二は慌てて首を横に振る。

「ひとつ、けじめをつけることがあって……それを済ませてから、あらためて返事します」
「けじめ?」

 言っても信じてもらえないかもしれないが、"理想の夫"の条件を保つために、大事なことである。

「グラットンという会社をご存じですか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...