夫のつとめ

藤谷 郁

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マッスルパワー!!

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「あら、いい匂いだねえ。壮二、本当に朝ごはん作ってくれたのかい」

 8時を回った頃、武子が起きてきた。寛人は午後から仕事のためか、まだ寝ている。

「あんたは今日、バイトは?」
「僕も午後からです。それより、あの……武子さん」

 壮二が手にした文集を見て、武子が表情を変えた。

「それは、お嬢様の卒業文集。失くしたと思ってたのに、一体どこに……」
「教科書の束に挟まってました。物置きに入れる時に紐が解けて、偶然見つけたんです」

 彼女は文集の内容を知っているようだ。壮二の言いたいことを察してか、やれやれという顔になる。

「まさか壮二、それを読んで自分にもチャンスがあると思ったのかい? だとしたら、残念だね」

 武子の反応に、壮二は意気をそがれた。

「な、なぜです。やっぱり、今は理想が変わったんですか」
「……いや、そのままだよ。希美お嬢様は今でも、年下で、地味で、平凡なサラリーマンを婿養子にご所望さ」
「それなら……」

 僕にも希望が持てますよねという言葉を、武子が鋭く遮る。

「甘いんだよ、壮二。そんなヒョロヒョロの身体で、お嬢様の夫が務まると思ってんのかい?」
「は……はい?」

 わけがわからず、壮二は首を傾げた。

「ヒョロヒョロの身体……ですか?」

 自分のスウエット姿を見下ろす。筋骨隆々の武子からすれば、やはり鶏ガラなのかもしれないが……

「体格が問題なんですか? どうしてでしょう」
「どうしてだって?」

 武子は鼻で笑う。まるでお話にならないという態度だ。

「あのね、壮二。よくお聞き。希美お嬢様は、痩せた男になぞ興味がないのさ。例えば……」

 彼女はキッチンにスタスタと歩き、果物が入った籠からりんごを取り出した。ぽんぽんと手のひらで弄びながら、壮二の前に戻って来る。

「空手、柔道などの格闘家。あるいは、ボート競技、ラグビーの選手、重量挙げ、レスリング。相撲取り……はちょっと違うね」
「……?」

 武子は正面に立つと、よくわからないといった壮二の眼前に、ぐいっとりんごを突き出した。 

「お嬢様はね、スマートな男なんざ大嫌い。強くて逞しい、筋肉もりもりガチマッチョが大好物なんだ!!」

 水風船を割るように、りんごを握りつぶした。汁が飛び散り、壮二の顔面を甘酸っぱさが襲う。
 突然のことで、よけることはおろか声も出せなかった。

「おいおい、どうしたんだ。朝っぱらから騒がし……うわっ!?」

 寛人が起きてきて、りんごの汁だらけになった壮二に目を剥いた。仁王立ちする武子に駆け寄ると、肩を掴んで壮二から引き離す。

「ちょ……ひでえなおい、何があったんだよ?」

 武子は寛人に返事をせず、棒立ちの壮二にもう一度告げた。先ほどのような荒々しさはないが、声は厳しかった。

「身体を鍛えろっていうのは、そういうことさ。ガチマッチョになれとは言わない。せめて、お嬢様を軽々と抱き上げるくらいの筋力はつけるんだね」
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