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アイデア料
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(なんとまあ……)
壮太はいろんな汗をかきながら、あっという間にどんぶり一杯平らげてしまった。
「ちょっと、それを見せてくれ」
「いいよ」
調味料の入った瓶を壮太はじっと見つめ、味噌のように練られたそれを、スプーンを借りて少しなめてみる。
これはいける――
本格的かつ、食べやすい。ラーメンだけでなく、あらゆる料理に応用可能だ。日本の食卓に、エスニックの味を再現できる。
グラットンの主力商品は、調理済みの惣菜食品だ。忙しい日もささっと食卓に並べることができるようにというのがコンセプトである。
だけど、調味料はそれほど重視しなかった。結局、消費者自身が料理しなければならないからだ。
しかし今、壮二はほんの数分で、あんなにも美味しいラーメンを作った。簡単なレシピなら、下手な惣菜よりも調味料でおかずを作ったほうが、消費者は満足できるだろう。
要は、旨い調味料である。
しかも、香辛料を工夫して作ったこいつは絶対にウケる。
「壮二、これを売ってくれないか!」
突然の申し出に、壮二がきょとんとした。
「売るって、これを壮太さんに?」
何を言っているのか、理解できない顔だ。
「別にいいけど、お金なんていらないよ。趣味で作ったやつだから」
「そうじゃなくて、アイデアとしてグラットンに売ってくれってことだ。香辛料の種類とか、分量とか、教えてほしい。これをウチで商品化するために」
「ええっ?」
壮二はようやく話が飲み込めたようだ。
「これを壮太さんの会社で、量産するってこと?」
「そうだ。エスニックの調味料をグラットンの新機軸にする!」
その後、壮二の両親も交えてアイデア料について話したが、彼らはあまり良い顔をしなかった。長い付き合いなのに、金のやり取りなど水臭いというのだ。
「いやしかし、ただというわけにはいかない。アイデアっていうのは、商売のもとだ。ちょっとしたひらめきが、何億もの利益を生んだりする」
南村一家は笑っている。中学生の息子が趣味で作った調味料に、そんな価値があるなど、考えもしないようだ。
「壮太。お前、会社がよほどうまくいってないんだな。どうかしてるぞ」
仙一が真顔で心配するので、壮太はこれ以上何を言っても無駄だとさとった。お人好しの彼らは、絶対にアイデア料など受け取らないだろう。
「わかった。とりあえず、タダでアイデアを拝借しよう。だが、利益が出たらそういうわけにはいかない。こちらからそれなりのお礼をさせてもらうぞ」
皆、面白そうにうなずく。こんなもの売れるわけがないと思っているのだ。
「壮二。お礼は何がいい。金のことはわからんだろうから、欲しいものを言ってみろ」
「そうだなあ」
壮二はしばらく考えていたが、何か思い付いたらしくぽんと手を叩いた。
「だったら、僕が大学を出たあと、壮太さんの会社に入れてよ」
「へ?」
想定外の答えだった。壮二のことだから、調理器具とか、珍しい食材とか希望すると考えていた。
「俺の会社に就職するっていうのか。え……いや、しかし」
壮太がちらりと窺うと、南村夫妻は顔を見合わせぷっと噴き出した。
「うちは構わんよ。壮二はもともと、食堂の経営には興味がないらしい」
「いいじゃない。近頃は就職も大変だし、壮太さんの会社に入れてもらえるならありがたいわ」
息子が家業を継がず、よその会社に就職すると言うのに、呑気な両親だ。
「まあ、俺は別にいいけど……本気なのか、壮二」
壮二は「うん」と返事する。
「商品開発室とか、そういう部署があるんでしょ? メニュー作りが仕事になるなんて、楽しそうじゃん」
この子は少し変わってるな。
壮太は不思議な思いにとらわれながら、彼の要望を受け入れた。
「よし。調味料のアイデアの代わりに、将来俺の会社に入れると約束する。本当にそれでいいんだな?」
念を押すと、壮二は真剣な表情で小指を出した。
「なんだ?」
「指きりだよ」
変わってはいるが、まだまだ子ども。
壮太は微笑み、しかし壮二に合わせて真剣な顔になると、指きりげんまんした。
壮太はいろんな汗をかきながら、あっという間にどんぶり一杯平らげてしまった。
「ちょっと、それを見せてくれ」
「いいよ」
調味料の入った瓶を壮太はじっと見つめ、味噌のように練られたそれを、スプーンを借りて少しなめてみる。
これはいける――
本格的かつ、食べやすい。ラーメンだけでなく、あらゆる料理に応用可能だ。日本の食卓に、エスニックの味を再現できる。
グラットンの主力商品は、調理済みの惣菜食品だ。忙しい日もささっと食卓に並べることができるようにというのがコンセプトである。
だけど、調味料はそれほど重視しなかった。結局、消費者自身が料理しなければならないからだ。
しかし今、壮二はほんの数分で、あんなにも美味しいラーメンを作った。簡単なレシピなら、下手な惣菜よりも調味料でおかずを作ったほうが、消費者は満足できるだろう。
要は、旨い調味料である。
しかも、香辛料を工夫して作ったこいつは絶対にウケる。
「壮二、これを売ってくれないか!」
突然の申し出に、壮二がきょとんとした。
「売るって、これを壮太さんに?」
何を言っているのか、理解できない顔だ。
「別にいいけど、お金なんていらないよ。趣味で作ったやつだから」
「そうじゃなくて、アイデアとしてグラットンに売ってくれってことだ。香辛料の種類とか、分量とか、教えてほしい。これをウチで商品化するために」
「ええっ?」
壮二はようやく話が飲み込めたようだ。
「これを壮太さんの会社で、量産するってこと?」
「そうだ。エスニックの調味料をグラットンの新機軸にする!」
その後、壮二の両親も交えてアイデア料について話したが、彼らはあまり良い顔をしなかった。長い付き合いなのに、金のやり取りなど水臭いというのだ。
「いやしかし、ただというわけにはいかない。アイデアっていうのは、商売のもとだ。ちょっとしたひらめきが、何億もの利益を生んだりする」
南村一家は笑っている。中学生の息子が趣味で作った調味料に、そんな価値があるなど、考えもしないようだ。
「壮太。お前、会社がよほどうまくいってないんだな。どうかしてるぞ」
仙一が真顔で心配するので、壮太はこれ以上何を言っても無駄だとさとった。お人好しの彼らは、絶対にアイデア料など受け取らないだろう。
「わかった。とりあえず、タダでアイデアを拝借しよう。だが、利益が出たらそういうわけにはいかない。こちらからそれなりのお礼をさせてもらうぞ」
皆、面白そうにうなずく。こんなもの売れるわけがないと思っているのだ。
「壮二。お礼は何がいい。金のことはわからんだろうから、欲しいものを言ってみろ」
「そうだなあ」
壮二はしばらく考えていたが、何か思い付いたらしくぽんと手を叩いた。
「だったら、僕が大学を出たあと、壮太さんの会社に入れてよ」
「へ?」
想定外の答えだった。壮二のことだから、調理器具とか、珍しい食材とか希望すると考えていた。
「俺の会社に就職するっていうのか。え……いや、しかし」
壮太がちらりと窺うと、南村夫妻は顔を見合わせぷっと噴き出した。
「うちは構わんよ。壮二はもともと、食堂の経営には興味がないらしい」
「いいじゃない。近頃は就職も大変だし、壮太さんの会社に入れてもらえるならありがたいわ」
息子が家業を継がず、よその会社に就職すると言うのに、呑気な両親だ。
「まあ、俺は別にいいけど……本気なのか、壮二」
壮二は「うん」と返事する。
「商品開発室とか、そういう部署があるんでしょ? メニュー作りが仕事になるなんて、楽しそうじゃん」
この子は少し変わってるな。
壮太は不思議な思いにとらわれながら、彼の要望を受け入れた。
「よし。調味料のアイデアの代わりに、将来俺の会社に入れると約束する。本当にそれでいいんだな?」
念を押すと、壮二は真剣な表情で小指を出した。
「なんだ?」
「指きりだよ」
変わってはいるが、まだまだ子ども。
壮太は微笑み、しかし壮二に合わせて真剣な顔になると、指きりげんまんした。
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