夫のつとめ

藤谷 郁

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手に入れたかった

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「なぜ、あなたが、ここにいるの」

 希美はわけがわからず、混乱し、ふらりとよろめく。

「危ない」

 彼が支えようとした腕を、サッとよける。
 この男が、本物かどうかわからない。ひょっとしたら、彼を求めるあまり見ている幻かもしれない。
 希美はふらつきそうになりながらも、足を踏ん張った。

「近づかないで。こんな都合の良いこと、あるわけない。あなたは誰なの?」

 彼は腕を引っ込め、真摯な眼差しを希美に向ける。

「南村壮二です」
「嘘ばっかり。だってそうでしょ? あなたがグラットンの社長だなんて、誰が信じるの。というより、私を妻として迎えるとか、聞こえたけど」
「そうです。あなたは僕と結婚するんです。なぜなら……」
「これは夢よ。昨夜の続きかもしれない。本当は壮二に頼りたくて、傍にいてほしくて仕方ないから、頭が変になっちゃったんだわ」

 感情が昂ぶり、涙が出そうになる。
 あんなに泣いたのに、愛する人と別れる悲しみは、尽きることがない。

「それとも……これが夢じゃなくて現実なら、全部ドッキリだったのかしら?」

 希美は後ろの写真立てを目で指した。

「この写真はどういうわけ? なぜグラットンの社長と壮二が、仲良さそうに映ってるの? 実は二人は親戚で、あなたはもともとグラットンの関係者だったとか。これまでのことは全部芝居で、私をからかってたんでしょ。あ、壮二は演劇部だって言ってたものね。もしそうなら、主演男優賞並みの名演技だったわよ」
「希美さん、落ち着いてください」
「だって、ひどいじゃない!」

 悲しみが怒りに転化し、目の前にいる、落ち着き払った男に向けられた。

「決死の思いで乗り込んできたのよ。誰にも頼れず、それでも自分を奮い立たせて。ノルテフーズの命運は私にかかってるんだからって、乗り込んできたのに。こんなこと、あるはずがない。あなたが壮二なわけない! 壮二はもう、どこにも……」
「希美さん!」

 肩を掴まれ、その勢いで抱きしめられた。腕の力が強く、もがいても逃れられない。

「離してっ」
「ダメです、離しません。やっと手に入れたんだ!」
「ん……」

 唇を塞がれ、何も言えなくなる。全身から力が抜けて、抵抗できない。

 この身体と情熱――希美はずっと求めていた。幻なんかじゃない。ようやく、彼が愛する男性ひとだと実感できた。
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