夫のつとめ

藤谷 郁

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約束と条件

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 翌日――
 ノルテフーズ本社第一会議室において経営会議が開かれた。財務部長と経理担当者、関係部署の各責任者、そして社長以下役員が揃っている。
 ちなみに役員秘書は希美だけであり、壮二はいない。

「まずは、こちらをご覧ください」

 今回の不祥事によって会社の経理がどんな状態になるのか、財務部が具体的な数字を示した。
 一堂、あぜんとする。
 スクリーンに映し出されたデータやグラフは、最悪より少しましな程度の結果を表わしていた。

「厳しめに計上した数字ですが、これくらい切羽詰まった状況になると考えて対策すべきでしょう」

 財務部の担当者に、役員が質問した。

「銀行はどうなってる」
「昨日、◯◯銀行融資課の報告を受けましたが、追加融資は難しいとのことです」

 創業以来懇意にするメインバンクの返事は慎重だった。企業としての信用度が落ちているのだ。

 しかし経営陣は、それでもなんとかなるだろうと思っていた。少なくとも会社が潰れるようなことにはならない。
 だがそれは、経営者側の甘い考えだった。

 ピンチを乗り切るために不採算部門を切り捨てる必要があると、財務担当者は語った。

「経営存続のためには、資金が底をつく前に手を打たねばなりません。つまり、早い段階での企業再編が必要になります。工場や倉庫の閉鎖あるいは売却、人件費削減といったところでしょうか。これが第1の案です」
「企業再編が必要なのか」
「思ったより大変なことだぞ、それは」

 役員はざわめいた。

「工場を閉鎖ってことは、従業員はどうなる」

 利希が鋭い声で質問した。

「できるだけ異動させて、あとは解雇せざるを得ません」

 つまり財務部の提案は、リストラだ。パートやアルバイト、派遣社員がまっさきに切られるだろう。

 人は城、人は石垣、人は堀――という言葉を希美は思い出す。それは、ノルテフーズの創業者の信条だった。

「ちょっと待ってくれ。それはいくらなんでも極端すぎる。いきなり職を失えば、彼らの生活はどうなるんだ。せめて賃金カットとか、他の経費削減でカバーするわけにはいかんのか」
「そのていどでは、賄えないでしょう」

 財務担当者がスクリーンを目で指すと、利希は頭を抱えた。

「他に打つ手はないのか」

 それまで黙っていた財務部長が椅子を立ち、担当者と交代した。
 スクリーンの前に出ると、彼は温和な眼差しを社長と役員に向ける。一見穏やかな紳士だが、実はかなりの切れ者と評される甲斐かい部長だ。

「我々財務部も他の方法を検討してみました。そこで第2案です。例えば、我々より大きな企業の資本力を頼ってはいかがでしょう」
「大きな企業……?」

 利希はしばし黙り込み、ハッと顔を上げる。

「つまり、買収されろってことか」

 予想外の提案だった。
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