夫のつとめ

藤谷 郁

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「ふう、少し酔ったみたい」

 思わぬ人物と出会い、緊張したせいだろうか。それほど強くないカクテルなのに、希美は頭がぼうっとした。

「酔い覚ましがてらトイレに行こう。ついでにメイクも直して、そのあとは……」

 ふふっと笑みを浮かべる。料理はいまひとつだったが、デザートは案外いけるかもしれない。今夜のように女性客が多いパーティーでは、デザート類が充実しているものだ。

「早く戻らなきゃ、思う存分食べられないわ」
 

 メイン会場の広間ではマジックショーが行われていた。スティックを器用に操るのは、テレビや動画サイトでたびたび見かけるマジシャンだ。

「お父様たちも、まだ食べてるのかしら。あっ……」

 さきほど両親が座っていたテーブルを見ると、早くも南村壮太が来ていた。
 格上の社長から挨拶されて、さすがの利希も恐縮した様子。ぺこぺこと頭を下げ、名刺を受け取っている。

(あれ、お母様は……?)

 麗子の姿がない。
 料理を取りに行ったのだろうか。それとも、お手洗い?
 一人でウロウロするなんてと、希美は自分を棚に上げて心配した。
 それに、あらためて会場を見回し、細野親子がいないことにも気付く。

「……まさかね」

 胸騒ぎを覚えるが、とりあえずトイレに行ってみる。ひょっとしたら母がいるかもしれない。

「ええと、トイレは……あ、ここね」

 廊下に出てすぐのところに化粧室があった。
 中に入ると広々としたパウダースペースがあり、その奥がトイレのようだ。覗いてみると、個室のドアが三つ並んでいる。突き当りに設置された大きな鏡に映るのは、希美の姿のみ。

「誰もいないみたいね」

 トイレでもないなら、母はどこに行ったのだろう。
 早く用を足して、探しに行かなければ。急いでドアを開けようとして、ふと耳をそばだてる。
 今、物音が聞こえたような。
 
「えっ?」

 音がしたほうを見て、希美は目を見張る。鏡がドアのように開き、中から人が出てきた。

「……!?」

 驚きのあまり立ち尽くす彼女の前に現れたのは、細野幸一だった。

「やあ、待っていたよ。僕のレディ」
「ど、どうして……」

 ようやく声が出たのは、腕を掴まれてから。あっという間に身体を拘束され、口を手で塞がれる。

「ウゥッ、ウーッ……!!」

 ひょろっとして見えても男は男。幸一の力に希美は逆らうこともできず、あっけなく鏡の奥へと連れ去られた。

(壮二!!)

 鏡が閉じると真っ暗になった。
 狭苦しい通路を引きずられるようにして進み、ぼんやりと明かりが見えてきたかと思うと、乱暴に放り出された。

「きゃあっ」

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