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大物かもしれない
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「正直なところ、こういったパーティーは苦手でねえ。今日も来るかどうか迷っていたんだが、北城家のお嬢さん……希美さんと出会えたのは幸運だ。来て良かったよ」
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
壮太がグラスを掲げたので、希美もそれに合わせた。氷が揺れて、爽やかな音を立てる。
「おや? 希美さん、その指輪は……」
壮太が希美の薬指に目をとめた。顔をぐっと近づけてくる。
「あ、あの?」
「もしかして、結婚指輪かな」
生真面目な口調だった。
「いえ、これはペアリングです」
「ほほう。しかし左手の薬指というのは意味深だ……そのお相手とは、結婚の約束を?」
どうしてか、険しい表情になった。さっきまで豪快に笑っていたのに。
希美は戸惑いつつ、「はい」と正直に答えた。
「そうか、既に結婚の約束を……」
「え?」
続く言葉は、突如上がった花火の音にかき消された。
広間でイベントが始まるらしく、今の一発は、その合図のようだ。
「なんだ、花火か。派手な演出だなあ」
「え、ええ」
壮太が親しげな笑みを浮かべ、希美と向き合う。先ほどの不穏なムードは、すっかり消えていた。
「しかし、なるほど……希美さんはご結婚されるのですか。いやあ、お相手の男性が羨ましいなあ」
「う、うらやま……?」
きょとんとする希美に、彼は大げさに肩をすくめてみせた。
「俺は独り者だからね」
「そうなんですか?」
希美は意外だった。彼の年恰好や落ち着きぶりから、勝手に既婚者と思い込んでいた。
「希美さんのような美しいお嬢さんと結婚したいと思ってるんだが、なかなかご縁がなくてねえ。そうかあ、あなたはもうすぐご結婚されるのですか。残念だなあ」
冗談なのか本気なのか判然としない。まさか、セクハラでもないだろうし。
何と返せばいいのか分からず、希美は口ごもった。
「はっははは……いや、失礼」
壮太はカクテルを飲み干し、ふうっと息をついた。
「北城家のお嬢さんともなれば、さぞかし立派な方をお選びでしょうな」
「えっ? あ、あの……ええと」
つまり、御曹司とかイケメンハイスペックとか、そんなような男が相手だろうと、彼は推測している。
あてずっぽうではなく、それが一般的な見方なのだ。
しかし希美の理想は世間とは真逆である。信じてもらえないかもしれないが、希美は胸を張って答えた。
「私の婚約者は、普通の会社員です。年下で、地味で、立派ではないかもしれない。でも、私にとっては、誰よりも魅力的な男性なのです」
「ふむ……」
壮太はふっと、目を細めた。
「その地味な男を、誰よりも愛していると」
「はい」
広間から歓声が上がる。
マジシャンでも来ているのか、開け放した窓から鳩が羽ばたいていった。
「素晴らしい。憎らしいほど素晴らしい女性だな、希美さんは」
「お、恐れ入ります……??」
憎らしいとはどういう意味だろう。何か気に障ったのかと心配するが、壮太はやはり微笑んでいる。
「希美さんの心を射止めたその男を、一度見てみたいものだ。案外、とんでもない大物かもしれないぞ」
「え……」
壮太はくるりと背を向けると、片手をひょいと上げて立ち去った。
あっけない退場。
しかし、彼が残した言葉は希美の中で深い余韻となり、響いてくる。
(とんでもない大物……)
ぼんやりと佇む希美。
その無防備な姿を、二人の人物が見つめているのを彼女は知らない。
パーティーはまだ、終わっていなかった。
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
壮太がグラスを掲げたので、希美もそれに合わせた。氷が揺れて、爽やかな音を立てる。
「おや? 希美さん、その指輪は……」
壮太が希美の薬指に目をとめた。顔をぐっと近づけてくる。
「あ、あの?」
「もしかして、結婚指輪かな」
生真面目な口調だった。
「いえ、これはペアリングです」
「ほほう。しかし左手の薬指というのは意味深だ……そのお相手とは、結婚の約束を?」
どうしてか、険しい表情になった。さっきまで豪快に笑っていたのに。
希美は戸惑いつつ、「はい」と正直に答えた。
「そうか、既に結婚の約束を……」
「え?」
続く言葉は、突如上がった花火の音にかき消された。
広間でイベントが始まるらしく、今の一発は、その合図のようだ。
「なんだ、花火か。派手な演出だなあ」
「え、ええ」
壮太が親しげな笑みを浮かべ、希美と向き合う。先ほどの不穏なムードは、すっかり消えていた。
「しかし、なるほど……希美さんはご結婚されるのですか。いやあ、お相手の男性が羨ましいなあ」
「う、うらやま……?」
きょとんとする希美に、彼は大げさに肩をすくめてみせた。
「俺は独り者だからね」
「そうなんですか?」
希美は意外だった。彼の年恰好や落ち着きぶりから、勝手に既婚者と思い込んでいた。
「希美さんのような美しいお嬢さんと結婚したいと思ってるんだが、なかなかご縁がなくてねえ。そうかあ、あなたはもうすぐご結婚されるのですか。残念だなあ」
冗談なのか本気なのか判然としない。まさか、セクハラでもないだろうし。
何と返せばいいのか分からず、希美は口ごもった。
「はっははは……いや、失礼」
壮太はカクテルを飲み干し、ふうっと息をついた。
「北城家のお嬢さんともなれば、さぞかし立派な方をお選びでしょうな」
「えっ? あ、あの……ええと」
つまり、御曹司とかイケメンハイスペックとか、そんなような男が相手だろうと、彼は推測している。
あてずっぽうではなく、それが一般的な見方なのだ。
しかし希美の理想は世間とは真逆である。信じてもらえないかもしれないが、希美は胸を張って答えた。
「私の婚約者は、普通の会社員です。年下で、地味で、立派ではないかもしれない。でも、私にとっては、誰よりも魅力的な男性なのです」
「ふむ……」
壮太はふっと、目を細めた。
「その地味な男を、誰よりも愛していると」
「はい」
広間から歓声が上がる。
マジシャンでも来ているのか、開け放した窓から鳩が羽ばたいていった。
「素晴らしい。憎らしいほど素晴らしい女性だな、希美さんは」
「お、恐れ入ります……??」
憎らしいとはどういう意味だろう。何か気に障ったのかと心配するが、壮太はやはり微笑んでいる。
「希美さんの心を射止めたその男を、一度見てみたいものだ。案外、とんでもない大物かもしれないぞ」
「え……」
壮太はくるりと背を向けると、片手をひょいと上げて立ち去った。
あっけない退場。
しかし、彼が残した言葉は希美の中で深い余韻となり、響いてくる。
(とんでもない大物……)
ぼんやりと佇む希美。
その無防備な姿を、二人の人物が見つめているのを彼女は知らない。
パーティーはまだ、終わっていなかった。
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