夫のつとめ

藤谷 郁

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パスタを飲む男

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 パーティーのメイン会場は広間だが、両開きの窓の向こうには庭園があり、招待客は自由に出入りできる。
 料理は屋外にもたっぷり用意されていた。
 希美はまず屋内の料理をあらかた味わい、そのあと庭に出てみた。
 広い庭園のあちこちに立食用のテーブルが据えられ、その周りでは名刺交換が始まっている。

(まさにレセプションパーティーね。ビジネスマンは大変だ。さて、私はひたすら料理、料理っと……)

 張り切る希美だが、料理を見てひそかに息をついた。屋内と似たような、和洋折衷のメニューだ。
 招待客の年齢層が高めなためか、全体的にあっさりした味付けがなされている。

(食事だけが楽しみなのに、これじゃ物足りないわね。なんていうか……)

「パンチが足りないんだなあ」

 野太い声が聞こえて、希美はギクッとする。心の声が漏れたのかしらと心配になり、そっと振り返ってみた。
 がっしりとした大柄な男性が、皿を片手に希美を見下ろしていた。

「なあ、お嬢さん。そう思わんかね?」
「えっ? あの、はい」

 反射的に返事すると、男はそうだろうとうなずく。

 スキンヘッドに口ひげを生やした顔は一見コワモテだが、にこりと笑った目尻の皺が柔和な感じを与えた。

(この人……どこかで見たことがあるような?)

 父親と同じくらいの年齢だ。希美は記憶ファイルを検索するが、なかなかヒットしない。

「高級食材や上品な味付けも悪くないがね」

 男は腕を伸ばし、ボッタルガのパスタを皿に山盛りにすると、ひと口で食べた。
 いや、食べたのではなく飲んだ。

あっけに取られる希美をよそに、彼は手あたり次第料理を山盛りにしては飲み込んでいく。
 マナーもへったくれもないが、不思議と下品な感じがしない。食器の扱いと食べ方が、とても上手なのだ。

「美味いは美味いが、どうもイカン。味覚を刺激する、アジアンな料理が欲しいんだなあ。こう、食欲をかき立てるようなスパイスが足りないっつうか」

 希美はハッとする。自分の感想と完全に一致する言葉だった。

「そうなんですよ。実は、私もそう思っていました! パーティーに招かれておいて、こんなこと言うのは失礼かもしれませんが」
「なあに、構うことはないさ」

 男は二カッと笑う。真っ白な歯が、意外なほど美しく並んでいる。

「こっちだって、せっかくの週末に東京から2時間もかけて来てやってるんだ。料理に文句をつけたところで、罰は当たらんさ」

 ワハハハと豪快に笑った。
 何て正直な人だろう。希美は驚きながらも、胸がすく思いだった。
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