夫のつとめ

藤谷 郁

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モテ男の出現

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 朝起きると雨が降っていた。

「ふうん、もう梅雨入りしたのね」

 希美はパジャマ姿で窓辺に立ち、スマホでニュースサイトを眺めた。寝ぼけまなこだったが、ある記事のところで目を見開く。

 2時間前に、某飲料メーカーのニュースが上がっていた。異物混入と、それにともなうネット炎上について。

「『昨夜、△△乳業の主力商品であるコーヒー飲料に異物が入っていたとSNSに投稿があった。写真も添付されたが、メーカーが真偽を確認せず強く反論したため、あっという間に炎上した。現在も批判と拡散が続いている……』ですって。うわあ、大変」

 商品の種類は異なるが、同じ食品メーカーである。希美は会社に向かう車の中で、利希に釘を刺した。

「異物混入が事実かどうか分かりませんが、こういった場合ケンカ腰の対応は火に油を注ぐだけです。社長も気を付けてくださいね」

 利希は不快そうに眉根を寄せた。

「なんで俺が気を付けるんだ。うちはネットを見張ってる専門部署があるんだ。きちっと対応するだろ」
「いえ、そうじゃなくて。このSNSアプリは社長もお使いですよね。こういった苦情が投稿された場合、社長ご自身がうっかり反応されないようにってことです」
「はあ? 誰がそんなことをするか。お前、俺を機械オンチだと思ってバカにしてるのか」
「違います。そうならないようにと、念を押しているだけです」

 最近、利希はスマートフォンを使いこなすようになった。便利な道具は使い慣れてきた頃が危ないのだ。

「メーカーの評判を落とすのが目的で、反論を誘う書き込みがあったそうです。今回、△△乳業はそれに乗ってしまった感じですね」
「ふん、そんな心配は無用だ。ネットでの発言がどれだけ重要な意味を持つのか、あいつにもうるさく言われてる」

 あいつというのは、壮二のこと。希美はさらに続けようとした言葉を引っ込めた。

「なら、信用します」
「まったく、失礼な娘だよお前は」

 ころっと態度を変える希美を見て、利希が苦笑する。壮二が間に入ると、空気が和らぐから不思議だ。

「壮二といえば、スーツが仕上がったらしいな」
「ああ、はい。昨夜『白樺』に取りにいったはずだから、さっそく着てくると思います」
「まあ、最初はしっくりこないかもな。スーツに着られるって感じじゃないか? わははは」

 無神経な言い方に希美はムッとするが、確かに壮二が高級スーツを着こなせるとは思えない。

(褒めておだてて、自信を持たせてあげれば大丈夫よ。そのうち似合うようになるわ)

 希美は年上らしい大らかさで、彼をフォローしようと決めた。

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