夫のつとめ

藤谷 郁

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誰にも渡さない

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「壮二!」

 希美はドアから飛び出し、壮二に駆け寄った。振り向いた彼の表情は、いつもどおり穏やかで優しい。

「希美さん」

 抱き付いたはずみで招待状が地面に散らばる。でも、そんなのどうでもよかった。
 力強い腕に包まれ、心からの安堵を得た。

「武子さんに、通報してくださいと頼んだんです」
「そうだったの……」

 幸一の誘惑を予測し、間接的にじゃましたのだ。トラブルを起こさず追い払うことができてよかった。

「希美さん、すみません。僕がそばにいながら」
「平気よ。そばにいてくれたからこそ、冷静になれたの」
「……希美さん」

 壮二は微笑み、散らばった招待状を拾い集めた。砂を払い、きちんと揃えてから希美に手渡す。

「腹は立つでしょうが、仕事は仕事です」
「うん、分かってる」

 壮二のほうが我慢してる。希美はそう思い、素直にうなずいた。

「でも、用心したほうがいいですね」
「うん」

 壮二が険しい顔になる。穏やかで優しいはずの彼が、別人のよう。
 怖いような、厳しいような――だけど、思いがけないギャップ萌えに、希美は胸をときめかせた。

「そうだ。社長は大丈夫かな」
「えっ? ああ、お父様?」

 壮二に見惚れていた希美は、ごまかすように目を泳がせる。

「社長の様子を確かめてから、家に帰ります。中に入ってもいいですか?」
「もちろん、どうぞ上がって」

(私ったら……なんでこんなにドキドキするのかしら)

 どんな壮二にもときめいてしまう自分に、戸惑うのだった。


 ◇

 ◇

 ◇


 5月の連休が終わり、ノルテフーズの営業も平常運転に戻った。
 社長秘書の希美は、連休中も利希のスケジュールに合わせて出勤するので、あまりゆっくりできない。それでも、今年は十分に連休を楽しむことができた。

 なぜなら、秘書見習いの壮二がいつもそばにいるから。彼の笑顔を見れば、めんどうな仕事もモチベーションが上がる。

 それに、秘書としての壮二は有能で、希美のサポートを完璧にこなしてくれるので、とても助かった。

 もちろん、オフタイムには二人きりで遠出し、心身ともにリフレッシュした。
 朝から晩まで一緒にいても飽きることのない彼は、希美にとって最高のパートナーだ。かけがえのない存在と言ってもいい。

 5月の末には互いの家族と顔合わせする約束もした。二人の結婚は秒読みに入っている。

 理想の夫と、理想の結婚――

 希美は今、幸せの頂点に上り詰めようとしていた。
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