夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
91 / 179
逢引!?

1

しおりを挟む
「やあ皆さん、こんばんは。突然の訪問をお許しください」

 と言いながら、幸一に悪びれた様子はない。
 海山商事にとってノルテフーズは格下の取引先なので、舐めているのだろう。

(まったくこの男は……どんな躾をされてんのよ)

 希美は細野社長を思い浮かべ、ひそかに毒づいた。
 いや、あの父親に躾けられたからこそ、こうなったのだ。幸一は外見のみならず、中身まで親そっくりに出来上がっている。
 ただ、大狐の友光に比べると、かなり小物だった。

「とんでもない、他ならぬ細野専務のご来訪です。いつでも大歓迎ですよ」

 こちらの大狸は、嫌悪感をおくびにも出さず余裕で対応する。心からの歓迎に見えるからすごい。

「さあどうぞ中にお入りください。武子さん、お茶の用意を……」
「いえ、社長。今夜はすぐに帰りますので、お構いなく」
「おや、そうですか。せっかくお見えになられたのに、それは残念ですな」

 そらぞらしいやり取りにげんなりするが、幸一がすぐに帰ると聞いて、希望は安堵した。何の用事か知らないが、平穏な時間を乱さぬようとっとと帰ってほしい。
 
 幸一がキザな笑みを浮かべ、北城家の面々を見回す。しかしその中に壮二がいるのに気づくと、一瞬だけ表情を硬くした。

「ああ、奥様。初めまして。私は海山商事専務取締役の細野幸一と申します」

 彼は麗子の前に進み、恭しくお辞儀した。

「北城社長には、父ともどもお世話になっております」
「初めまして。こちらこそ、主人が大変お世話になっております」

 麗子は少し戸惑った様子だが、すぐに親しみのこもる声で挨拶を返した。彼女にとって幸一は、懐かしい学友の息子である。

「幸一さん。あなたのお父様のことはよく存じ上げております。お会いできて嬉しいわ」
「はい。私も、奥様との間柄について父から聞いております。今日も出かけるさい、麗子さんにくれぐれもよろしくと申しておりました。どうぞ、これを……」
「えっ?」

 幸一が薔薇の花束を差し出す。その行為に、麗子はもちろん、周りもびっくりした。

(あの花束、お母様に渡すつもりだったの? えっ……ということは)

 麗子の隣で、利希が顔を引きつらせている。さしもの大狸も、大狐が絡んでくると平常心をなくしてしまうようだ。

 しかし麗子は、そんな夫の心情に気づかない。希美はハラハラしながら成り行きを見守った。

「薔薇は父からの贈り物。そして、奥様への『メッセージ』が添えられています」
「は、はあ……」
「ぜひ、ご覧ください」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...