夫のつとめ

藤谷 郁

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和やかな時間

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「ああ見えて、武子さんは料理上手なのよ。手作りケーキも絶品なんだから」
「そ、そうなんですか。さすが……いえ、ちょっと意外ですね」
「ん?」

 今、妙な間があった。

(さすが……って、さすが家政婦さんってことかしら?)

「おい、何をコソコソ喋ってるんだ。早く座りなさい」
「あ、はい。お父様」

 利希に促され、二人はソファに座った。
 テーブルを挟んで両親と向き合う。

 四人での顔合わせは、実に穏やかなムードで進んだ。
 父母がいつものように言い合いになりかけても、壮二のふわっとした、あるいはとぼけた発言のおかげで場が和む。
 希美はかつてないほど落ち着いた気持ちで家族と過ごした。
 お茶を運ぶ武子も、和やかな空気を肌で感じたようで、うっすらと涙を浮かべている。

(お嬢様。本当に、よろしゅうございました)
(ありがとう、武子さん)

 目と目で通じ合う。希美の幸せを誰より願う彼女の喜びが伝わってくる。
 まさにそのとおり、希美は今、とても幸せだった。



 楽しくお喋りするうちに時は過ぎ、いつしか正午を回っていた。
 昼食の席に着くと、武子が作るボリューム満点の料理を壮二がもりもりと食べた。

「おほほ……頼もしい食欲ね」

 遠慮のない姿だが、麗子が微笑ましそうに見守る。その眼差しは、息子に対する母親のものだった。

「いてて……腹が痛いな」

 食後のお茶を飲み終える頃、利希が脇腹を押さえた。湯呑みを置き、苦悶の表情を浮かべている。

「今日は少し冷えますから。あなた……ちゃんと着けてますの?」

 麗子が壮二をちらりと見てから、小声で訊ねる。希美はクスクス笑いながら母に教えた。

「お母様。社長のトップシークレットなら壮二も知ってるわ」
「あら、そうなの?」

 利希が愛用する腹巻のことだ。麗子の手編みである。

「ふん、ちょっと席を外すぞ」

 利希は気まずそうな顔でダイニングルームを出た。
 前かがみの後ろ姿を見送り、麗子がふうっと息をつく。

「あの人ったら、やっぱり手編みが恥ずかしいのね。それなら既製品を使えばいいのに」

 希美はふと、壮二が言ったことを思い出す。

 ――奥さんの手編みというのはいいですね。愛情がこもっていそうで。
 ――それでも、愛情はあると思いますよ。

 あのときは、彼の意見を能天気だと感じた。でも今は、可能性がなくもないのかな、と思える。
 なぜなのか、よく分からないけれど。
 
「社長がお腹を壊しやすいのは、体質ですか?」

 壮二が尋ねると、麗子はこくりと頷いた。

「昔から冷え性なのね。薬より、お腹を温めたほうが効果的だというから腹巻きを編んであげたの。一番の予防法なんですって」
「そうなんですか。もしかしたら、希美さんもその体質を受け継いでるかもしれませんね」

 壮二が心配そうな目を向けてきた。

「は!? 私は大丈夫よ。お腹なんて壊したことないもの」
「でも、なんだか気になります。もしものときのために、希美さんも用意しておいたほうがいいですよ」
「用意って……」

 この私が腹巻きを? 何をバカな――と、希美が笑う前に、壮二が麗子にお願いをした。

「僕、希美さんに腹巻きを編んであげたいです。もしよろしければ、編み方を教えていただけますか」
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