夫のつとめ

藤谷 郁

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父と娘と、婚約者

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「そ、そうなんだ……」

 さすが、壮二のご両親だけあって豪胆な人達だ。
 希美は深く感心しながら、何ともいえない喜びに満たされていく。

「ご両親に早くお会いしたいわ。あと、中華そばもぜひ食べてみたい!」
「はい。近いうちに実現させましょう」

 微笑みを交わし、早速スケジュールを打ち合わせる。仕事も結婚も順風満帆。世界は二人の味方だった。 



 翌朝――
 希美はいつものように社長室のパソコンでスケジュール調整を行い、隣に座る壮二に操作方法を教えた。
 二人とも少し寝不足だった。顔を見合わせると、互いにクスッと笑う。

「昨夜はごめんなさい。大丈夫?」
「はい。体力はありますから」

 昨夜、食事の帰りに壮二のアパートへ直行し、一晩中抱き合った。明日の仕事に差し障りますと壮二が遠慮したが、希美が執拗に求めたのだ。
 壮二が欲しくて仕方なかった。朝から晩まで傍にいるのに手を出せず、悶々とした時間を過ごしたから。

 何度も壮二を受け入れ、彼を慰め、気が済むまで貪り合った。寝不足でも、心身ともに充実している。

(それにしても壮二の部屋、狭いながらも片付いていたわ。それに、キッチンには驚いた)

 小さな台所だった。しかし、鍋から包丁から、調理道具がひと通り揃っていた。どれも使い込まれ、普段から料理しているのが窺える。
 壮二の両親は料理人なので、彼も見よう見まねで覚えたのだろう。
 いずれにしろ、食いしん坊の希美には素晴らしい光景だった。

(夫が料理上手だなんて、最高。毎日美味しいものを食べられそう)

「北城さん、よだれが……」
「あ、ごめん」

 壮二がハンカチで口元を拭ってくれた。
 利希を見やり、スマートフォンをいじっているのを確かめてホッとする。こんな場面を見られたら、何を言われるか分かったものではない。

「さてと、気を引きしめて仕事仕事。南村さん、ここに来週の予定を打ち込んでおいて。数字を間違えないように、お願いね」
「はい、分かりました」

 パソコン操作を壮二に任せると席を立ち、プリントアウトしたスケジュール表を手に、社長のデスクに近づく。

「本日のスケジュールを確認いたします」
「ああ、はいよ」

 利希はスマートフォンをデスクに放った。
 機械が苦手な彼は、スマホの操作もうまくいかないらしい。要するに八つ当たりである。

「……ということで、午前中は以上です。午後は2時から業界情報誌『フードウエイブ』の取材を受けます。社長、もちろん資料はお読みになられましたよね?」
「……ああ」

 声が小さい。希美には「読んでいない」と聞こえた。

「困りますね。それではインタビューにまともな受け答えができません」
「仕方ないじゃないか。よく分からんのだから」

 希美は形の良い眉をぴくりとさせた。

「また丸投げでするおつもりですか。インターネットのセキュリティ管理について勉強してくださいと、申し上げましたよね? 会社の信用に関わることです」
「まったく、ガミガミガミガミうるさいやつだ。お前は本当に、お母さんそっくりだな」
「なっ……」

 希美が絶句し、社長室が静まり返る。壮二のキーボードを打つ音も止まった。

(こんの……わがまま親父!)
 
「あのう、もしよろしければ、お手伝いさせてください」

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