夫のつとめ

藤谷 郁

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母の元カレ?

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(まったく、ハラハラさせるんだから)

 壮二は希美と目を合わせるが、照れくさそうに横を向いてしまった。だけど、やるべきことをやったという、満足そうな表情をしている。
 彼は希美のアドバイスをきちんと実行したのだ。格好を付けない素直さは大きな長所。やればデキる男なのだ。

(それに比べて、こちらの御曹司は存在感が薄いわね)

 希美はデザートを食べてしまうと、さっきから黙ったままの細野幸一を見やった。つまらなそうに口を尖らせている。

(社長が質問する間、この人は横でボーっとしてた。海山商事の専務取締役で、仕事をバリバリこなすって噂なのに)

 女を口説くのは速攻だが、実はダメなやつだったりして。二代目、三代目のお坊ちゃまにはよくある話だ。

(父親がしっかりしすぎて息子の出る幕が無いパターンかな。いずれにしろ、会社をしょって立つ器じゃないような……)

 この取引、将来的に大丈夫かしらと不安になる。
 しかし食事会の目的は親睦を深めること。そんな懸念は顔に出さず、とりあえず食後のお茶をゆっくりと飲んだ。

「時に北城さん、奥様はお元気でお過ごしかな」
「はい?」

 食事会もお開きという頃、友光が思い出したように言った。利希は椅子に座り直し、彼と向き合う。

「ああ、家内ですか。ええ、あれは元気ですが」
「そうですか、それは何より。いや、長いことお会いしていないので、ちょっと気になりましてね」

 利希は妙な顔になる。希美も壮二と目を合わせ、首を傾げた。今の発言は意味ありげで、しかも社交辞令という口調ではない。

「ええと……細野さんは、うちの家内と面識がおありで?」

 利希の質問に、友光は「あれっ?」と大げさに驚く。その横で、なぜか幸一がクスクスと笑った。

「奥様……麗子れいこさんからお聞きではありませんか?」

 麗子というのは利希の妻、そして希美の母の名前である。

「いいえ、何も……」

 妻の名前をさらりと呼ばれたことに、利希が動揺した。希美も、どうして母が取引先社長と面識があるのかと不思議に思う。

「なるほど、昔のことは言いにくいのかもしれません。ふふ、相変わらず恥ずかしがり屋さんだ」

 社長二人の間に、もやっとした空気がたちこめる。
 希美は嫌な予感がした。
 彼らは今でこそ白髪まじりの中年男だが、若い頃は女性にモテたであろうイケメンハイスペック。好敵手になり得る関係だ。

「どういうことですかな?」

 利希が訊ねると、友光はまっすぐに視線を返す。そして、はっきりと言い放った。

「麗子さんと私は、同じ大学に通う同級生でした。そして、恋人として交際していたのです」
 
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