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御曹司(その2)
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「あなたの、結婚の条件から外れてしまいますよね」
壮二の低い囁きが、静かなホールに反響した。怒っているというより、そこはかとない寂しさを感じさせる。
(そうか、そういうこと……)
もし、壮二がグラットンの社長の息子だったら、希美と同じ会社後継者だ。平凡な男ではなくなる。
つまり、結婚は白紙に戻る。それどころか、可能性はゼロになってしまう。
「ええと」
やっとのことで、声を出した。壮二は微動だにせず、希美を追い詰めている。
「まさか、私の言った冗談が当たってる……なんてこと、無いわよね?」
もし本当に、そうだったら――
「あり得ませんよ」
言い方は投げやりだが、きっぱりと否定した。
それはそうだ。そんなことあるわけがない。
絶対にあり得ないと思いつつ確かめたのは、壮二があまりにも真剣だから。軽々しく指摘した希美を、責めているかのようだった。
壮二が否定するまで、わけのわからない緊張感が張りつめていた。
「でも、希美さん」
「はい?」
緊張感から解放され、つい気の抜けた返事になる。壮二はため息をつくと、強く訴えてきた。
「冗談でも、そんなこと言うのはよしてください。僕はあなたと結婚すると決めたんですから。だって……」
引き続き真剣モードである。とりあえず、逆らわないほうが良さそうだと希美は判断し、大人しく耳を傾ける。
「だってあなたは、僕の純潔を奪ったんですからね」
「へ……?」
横を向き、恥じらいの表情を見せる壮二。希美はちょっとした混乱に陥り、返す言葉を失う。
純潔――
つまり、希美に童貞を奪われた。それなのに無責任なことを言うなと、彼は訴えているのだ。
(ちょ、ちょっと待ってよ。そこまでガチで、私のものになっちゃってるわけ? ええっ? プロポーズを一度は断った男が、一晩ですっかり"オレ色"に染まっちゃったの?)
身も心もまっさらな、まさに純白の花嫁だったわけだ。
しかし、いささか染まりすぎている。いくら童貞だからって、あなたも一応男なんでしょと言いたい。
「あのね、壮二。そんなに堅苦しく考えず、冗談は冗談として笑っちゃえばいいのよ。それに、私があなたを抱いたのは、真面目な気持ちからで、遊びじゃないんだからね」
まるで、部下に手を付けた、スケベ上司の言い訳である。
(と言うより、お父様が浮気して、お母様に弁解する時の態度にそっくりのような……)
ぶるっと身震いして、壮二から一歩退く。
壮二の上に、母の顔が重なった。
夫婦げんかするたび、『会社のために有益だから、私と結婚したんでしょ!』と、父に噛みつく姿を思い出す。母はノルテフーズの取引先の娘であり、親同士が決めた結婚だった。
(お父様と私は違う。壮二は一般人であり、普通の男。会社の利益になるような、エリートとか御曹司じゃない。そんなことで、夫を選んだりしないわ)
――地に足着けて、相手を選びなさい。私のようになってはだめ。
ハイスペックはお断り。目立たない地味な男という条件で夫を決めたのは、母の影響。
だけど、なにより下らない夫婦げんかへの反発だった。
(壮二と私は、あの夫婦のようにはならない。絶対になりたくない)
妻が浮気しなければ、万事OKである。もめごとのない、平和な家庭を築き上げるのだ。
「私はあなたと結婚する。私の夫になるのは、壮二しか考えられないもの」
「僕しか、考えられない……?」
「そうよ」
壮二の低い囁きが、静かなホールに反響した。怒っているというより、そこはかとない寂しさを感じさせる。
(そうか、そういうこと……)
もし、壮二がグラットンの社長の息子だったら、希美と同じ会社後継者だ。平凡な男ではなくなる。
つまり、結婚は白紙に戻る。それどころか、可能性はゼロになってしまう。
「ええと」
やっとのことで、声を出した。壮二は微動だにせず、希美を追い詰めている。
「まさか、私の言った冗談が当たってる……なんてこと、無いわよね?」
もし本当に、そうだったら――
「あり得ませんよ」
言い方は投げやりだが、きっぱりと否定した。
それはそうだ。そんなことあるわけがない。
絶対にあり得ないと思いつつ確かめたのは、壮二があまりにも真剣だから。軽々しく指摘した希美を、責めているかのようだった。
壮二が否定するまで、わけのわからない緊張感が張りつめていた。
「でも、希美さん」
「はい?」
緊張感から解放され、つい気の抜けた返事になる。壮二はため息をつくと、強く訴えてきた。
「冗談でも、そんなこと言うのはよしてください。僕はあなたと結婚すると決めたんですから。だって……」
引き続き真剣モードである。とりあえず、逆らわないほうが良さそうだと希美は判断し、大人しく耳を傾ける。
「だってあなたは、僕の純潔を奪ったんですからね」
「へ……?」
横を向き、恥じらいの表情を見せる壮二。希美はちょっとした混乱に陥り、返す言葉を失う。
純潔――
つまり、希美に童貞を奪われた。それなのに無責任なことを言うなと、彼は訴えているのだ。
(ちょ、ちょっと待ってよ。そこまでガチで、私のものになっちゃってるわけ? ええっ? プロポーズを一度は断った男が、一晩ですっかり"オレ色"に染まっちゃったの?)
身も心もまっさらな、まさに純白の花嫁だったわけだ。
しかし、いささか染まりすぎている。いくら童貞だからって、あなたも一応男なんでしょと言いたい。
「あのね、壮二。そんなに堅苦しく考えず、冗談は冗談として笑っちゃえばいいのよ。それに、私があなたを抱いたのは、真面目な気持ちからで、遊びじゃないんだからね」
まるで、部下に手を付けた、スケベ上司の言い訳である。
(と言うより、お父様が浮気して、お母様に弁解する時の態度にそっくりのような……)
ぶるっと身震いして、壮二から一歩退く。
壮二の上に、母の顔が重なった。
夫婦げんかするたび、『会社のために有益だから、私と結婚したんでしょ!』と、父に噛みつく姿を思い出す。母はノルテフーズの取引先の娘であり、親同士が決めた結婚だった。
(お父様と私は違う。壮二は一般人であり、普通の男。会社の利益になるような、エリートとか御曹司じゃない。そんなことで、夫を選んだりしないわ)
――地に足着けて、相手を選びなさい。私のようになってはだめ。
ハイスペックはお断り。目立たない地味な男という条件で夫を決めたのは、母の影響。
だけど、なにより下らない夫婦げんかへの反発だった。
(壮二と私は、あの夫婦のようにはならない。絶対になりたくない)
妻が浮気しなければ、万事OKである。もめごとのない、平和な家庭を築き上げるのだ。
「私はあなたと結婚する。私の夫になるのは、壮二しか考えられないもの」
「僕しか、考えられない……?」
「そうよ」
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