37 / 179
Help!
2
しおりを挟む
ロータリーにベンツを見つけると、希美は心から『助かった』と思う。あれに乗りさえすれば、ようやく我慢大会から解放されるのだ。
車に近付くと、運転手の杉山がドアを開けて出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ごめんね、杉山さん。お父様が急に呼び出すものだから」
父親に責任を押し付けるが、罪悪感はない。父親もさんざん希美を口実に使っているので、お互い様だ。ただ、北城家の運転手を長年務める杉山は実直な人で、申し訳ない気持ちがあった。
「南村さんは、よろしいのですか?」
希美の傍で控えめに立つ壮二に、親切な目を向けた。
ノルテフーズの社員である彼を、杉山は見知っている。夫候補だということも承知しているので、ごく自然な口調だ。
「あ、うん。彼は反対方向だから、タクシーで帰るって。ね、壮二」
「はい。杉山さん、ありがとうございます」
「さようでございますか。では、失礼いたします」
杉山に会釈をすると、壮二は希美に視線を移す。なにか期待するみたいに、きらきらと瞳を輝かせている。あまりにもストレートで、分かりやすい意思表示だった。
「希美さん。今夜は、とても楽しかったです。あの……」
「うん、待って。えっと……」
まっすぐな眼差しに気圧され、希美はめずらしく口ごもる。胸のドキドキが蘇りそうで、動揺した。
「……また、連絡するわ」
「あ、はい」
「……」
「……」
穴が開くほど見つめられ、いたたまれない。こんなに一生懸命求めてくる男が、かつていただろうか。
再び鼓動のテンポが速くなるが、希美は必死で抑えつけようとする。どんな状況でも、主導権はしっかりと握らなければ。
(彼を受け入れたという、一つの現象が加わっただけ。それしきのことで、私を変えることはできない)
頭の中で繰り返すと、壮二に微笑んでみせた。鏡がないので上手にできたか分からないけれど、今の希美には、これがせいいっぱい。
「私も、楽しかったわよ。ありがとう、壮二」
「希美さん……」
なにか言おうとするが、希美はさっと身を翻し、素早く車に乗り込んだ。
半端ない痛みが腰に走るが、杉山がドアを閉めるまで、なんでもないふりを装った。壮二が、あの目でじっと見ている。
窓を下げると、壮二がすぐに覗き込んだ。
「希美さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい。気を付けて帰るのよ」
「はい、あの……」
「危ないわ、離れて」
やはりなにか言いたげだが、窓を上げたのでどうしようもない。名残惜しげに下がる壮二に、気力を振り絞って最後の微笑みを投げた。
「杉山さん、お願い。早く出して」
「承知いたしました」
窓の外で、壮二の姿が小さくなる。
角を曲がり、ホテルの建物が見えなくなったところで、希美は座席に倒れ込んだ。
「くうっ……いたたた……もう、壮二のやつ……!」
苦悶の表情で腰を押さえ、内股の違和感に耐える。これすべて、壮二に与えられた痛みだと思うと、悔しくて堪らない。
杉山は気づかないふりで、前を向いている。
北城家に辿り着くまで、希美は独りのたうち回った。
車に近付くと、運転手の杉山がドアを開けて出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ごめんね、杉山さん。お父様が急に呼び出すものだから」
父親に責任を押し付けるが、罪悪感はない。父親もさんざん希美を口実に使っているので、お互い様だ。ただ、北城家の運転手を長年務める杉山は実直な人で、申し訳ない気持ちがあった。
「南村さんは、よろしいのですか?」
希美の傍で控えめに立つ壮二に、親切な目を向けた。
ノルテフーズの社員である彼を、杉山は見知っている。夫候補だということも承知しているので、ごく自然な口調だ。
「あ、うん。彼は反対方向だから、タクシーで帰るって。ね、壮二」
「はい。杉山さん、ありがとうございます」
「さようでございますか。では、失礼いたします」
杉山に会釈をすると、壮二は希美に視線を移す。なにか期待するみたいに、きらきらと瞳を輝かせている。あまりにもストレートで、分かりやすい意思表示だった。
「希美さん。今夜は、とても楽しかったです。あの……」
「うん、待って。えっと……」
まっすぐな眼差しに気圧され、希美はめずらしく口ごもる。胸のドキドキが蘇りそうで、動揺した。
「……また、連絡するわ」
「あ、はい」
「……」
「……」
穴が開くほど見つめられ、いたたまれない。こんなに一生懸命求めてくる男が、かつていただろうか。
再び鼓動のテンポが速くなるが、希美は必死で抑えつけようとする。どんな状況でも、主導権はしっかりと握らなければ。
(彼を受け入れたという、一つの現象が加わっただけ。それしきのことで、私を変えることはできない)
頭の中で繰り返すと、壮二に微笑んでみせた。鏡がないので上手にできたか分からないけれど、今の希美には、これがせいいっぱい。
「私も、楽しかったわよ。ありがとう、壮二」
「希美さん……」
なにか言おうとするが、希美はさっと身を翻し、素早く車に乗り込んだ。
半端ない痛みが腰に走るが、杉山がドアを閉めるまで、なんでもないふりを装った。壮二が、あの目でじっと見ている。
窓を下げると、壮二がすぐに覗き込んだ。
「希美さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい。気を付けて帰るのよ」
「はい、あの……」
「危ないわ、離れて」
やはりなにか言いたげだが、窓を上げたのでどうしようもない。名残惜しげに下がる壮二に、気力を振り絞って最後の微笑みを投げた。
「杉山さん、お願い。早く出して」
「承知いたしました」
窓の外で、壮二の姿が小さくなる。
角を曲がり、ホテルの建物が見えなくなったところで、希美は座席に倒れ込んだ。
「くうっ……いたたた……もう、壮二のやつ……!」
苦悶の表情で腰を押さえ、内股の違和感に耐える。これすべて、壮二に与えられた痛みだと思うと、悔しくて堪らない。
杉山は気づかないふりで、前を向いている。
北城家に辿り着くまで、希美は独りのたうち回った。
0
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
可愛い女性の作られ方
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
風邪をひいて倒れた日。
起きたらなぜか、七つ年下の部下が家に。
なんだかわからないまま看病され。
「優里。
おやすみなさい」
額に落ちた唇。
いったいどういうコトデスカー!?
篠崎優里
32歳
独身
3人編成の小さな班の班長さん
周囲から中身がおっさん、といわれる人
自分も女を捨てている
×
加久田貴尋
25歳
篠崎さんの部下
有能
仕事、できる
もしかして、ハンター……?
7つも年下のハンターに狙われ、どうなる!?
******
2014年に書いた作品を都合により、ほとんど手をつけずにアップしたものになります。
いろいろあれな部分も多いですが、目をつぶっていただけると嬉しいです。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
女ハッカーのコードネームは @takashi
一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか?
その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。
守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにて先行更新中
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる