夫のつとめ

藤谷 郁

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希美の教え

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 さあ、いよいよ初夜のはじまり――
 希美はゆっくりと、壮二に体重を預けた。

「う……ああ……」

 壮二は瞼を閉じ、感に堪えないといった顔でいる。

「希美さん、ああ……希美さん……のぞみさん」

 俳句みたいな呼びかけに、思わず噴き出しそうになる。感動のあまり、具体的な言葉が出てこないのだ。
 女の柔らかな肉体を初めて経験するのだから、無理もない。希美は優しい目でその様子を見守り、そっと頬を撫でてあげた。

(あら……?)

 壮二の頬は痩せているが、触れると弾力があった。ためしにぷにぷにと押してみるが、張りと艶のある肌はすぐに跳ね返ってくる。
 若さのせいだろうか。

「あの、なにか付いてますか?」

 薄目を開けて、上気した頬を押さえている。
 希美は笑みを浮かべて首を振ると、三つ年下の彼をあらためて観察した。

 普段とは眺める角度が違うためか、彼の鼻がいやに高く見える。鼻梁もまっすぐに伸びて、案外と形がいい。口もとに垣間見える歯並びはきれいに揃い、それを支える顎は男らしくがっしりとして、意外に骨太だ。

(壮二って、こうして見ると良い顔してるわね)

 彼は基本的に、どこか遠慮がちで、自信なさげな表情を貼り付けているから気付かれにくいのだ。
 希美の言う良い顔というのは、立派なという意味である。彼がもし自信に溢れた性格なら、大人びた顔立ちとあいまって、堂々とした印象を人に与えるかもしれない。
 そうなれば、今と違ってかなり目立つだろう。

 希美は視線を逸らさず、顔を近付けた。
 壮二の息は、微かにミントの香りがする。
 鼻先を触れさせ、彼が瞬きするのを合図に唇を重ねた。

「む……っ」

 驚いた反応は初めての証だと、希美は直感する。壮二はキスすら未経験の、正真正銘の童貞なのだ。
 しかし男は男。いつしか彼の手が背中に回り、抱きしめられる恰好になった。

「そうよ、積極的にきて。私は、強引なのが好き」
「希美さんっ……」

 壮二は希美にキスをせがんだ。意気地のない坊やにも、ついにその時がきたらしい。
 やっぱり童貞クンは刺激すれば早いのね――と、希美はほくそ笑む。めんどうな手続きは直ぐに終わるだろう。


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