夫のつとめ

藤谷 郁

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やさしくして…

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「ええと……」
「……」
「わ、悪かったわ。つい張り切ってしまって」

 ちらりとこちらを見て、微かに頷く。
 どうやら許してくれたらしいが、希美の心中は複雑だった。

(主導権を握ったはいいけど、なんかこう、やっぱりめんどいって言うか)

 ――さようでございますか。

「えっ?」

 突如、頭の中に大きな声が響き渡る。希美は仰天し、きょろきょろと見回すけれど誰もいない。

 ――ならば、いっそのこと私が南村さんに筆おろしを……

 今度こそ幻聴である。しかし希美は、彼女がここにいるかのように、ぶんぶんと首を振った。

「いやいやいや、ここは私がちゃんとするから、武子さんは心配しないで!」
「……タケコ?」

 思わず口にした名前を、壮二が不思議そうに復唱する。希美は我に返り、取り繕うように笑ってみせた。

「なっ、なんでもない。ただの独り言よ」

 今の幻聴は、武子に童貞の件で相談し、返ってきた言葉だ。なぜここでそれが降ってくるのか謎だが、反射的に警戒心が働き、むきになってしまった。
 だが、そのおかげで"夫"に戻ることができた。

「ごめんなさい、乱暴だったわね。えっと……怖がらなくてもいいのよ?」

 どうにも調子が狂うが、そんなこと言っていられない。壮二の純潔をさっさとモノにしなければ、精力溢れる家政婦に横取りされてしまう。

(南村壮二は私のモノ。他の女に渡しはしない)

 気を取り直すと、組み敷いている童貞花嫁に集中した。
 荒っぽくベッドに倒したせいでバスローブが乱れ、襟が開きかけている。希美はぎらりと目を光らせ、彼の顎から喉、そして胸もとへと視線を下げていった。

(……あら、わりと発達してるじゃない)

 襟の陰にゆるやかな丘が垣間見え、希美は心を弾ませる。
 少なくとも貧弱ではないのが分かり、ほっとすると同時に欲情も高まってきた。うっすらと汗の滲む素肌は日に焼けて、意外なほど色っぽい。

「脱がせてもいい?」

 ストレートに要求すると、壮二は少しためらったものの、こくりと頷く。不安そうではあるが、濡れた瞳がなにかを期待しているようにも見える。

「やさしくするから、じっとしてね」

 細い指先をローブの襟に掛け、そっと開いた。乱暴に剥きたいところだが、怖がらせてはいけないと自分に言い聞かせ、必死に制御する。

 ゆっくりと、しかし大きく襟を開いた。
 現れたのは、男らしく盛り上がった大胸筋。壮二のものとは思えない、逞しい胸板だった。


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