20 / 179
オレ色に染めてやる
1
しおりを挟む
童貞
童貞
童貞ってなんだっけ――
南村の告白を、希美は頭の中で反芻する。そして懸命に、耳慣れない単語の意味を思い出そうとした。
「……えーと」
視線を泳がせながら、なんとなく椅子を立つ。とにかくこの場を離れて、落ち着いて考えなければ。希美は彼の手をそっと解放した。
「北城さん?」
「ごめんなさい、ちょっとその……食事も済んだことだし、お化粧を直しにいってくるわ」
「あの……」
「すぐに戻るから」
不安げに見上げる南村をテーブルに残し、足早に立ち去った。
通路を抜ける途中、さきほどロビーで会ったカップルが食事しているのに気が付く。向こうも気が付いたようで、男はデザートフォークを持つ手を休め、女のほうは嫌そうな顔で希美を見てくる。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
南村に突き付けられた案件をなんとかするのが急務である。
化粧室に入ると、そこには誰もおらず希美は一人きりになれた。
鏡の前に立ち、気を落ち着けるように胸を押さえる。
(どうていって、確かアレよね。今、彼が言ったとおり女の人を抱いたことがない……ぶっちゃけ、やったことがないって意味よね?)
希美はこれまで、そんな男を相手にしたことがない。誰もが経験者であり、物言わずとも組み合える猛者ばかりだった。
(それにしても、わざわざ童貞を宣言する男ってどうなのよ)
バッグを開いてスマートフォンを取り出すと、せかせかと指を動かしてアドレスを繰る。そっち方面に詳しい人間を探し、どんなあんばいなのか訊いてみようとした。
しかし、どうやって訊けというのだ――
スムーズにやれるのか、それともテクニックが要るの……とか?
「かっこ悪すぎる……」
ぴたりと指を止める。
希美の端末にはたくさんの番号が登録されているが、そこまで訊ける友人は皆無なことに気付かされた。
(参ったわねえ)
きれいに磨かれた鏡の中、困惑する女がいる。
南村のために最高の自分を演出してきたのに、なんてざまだろう。というより、あと一歩のところで返し技をくらったことが悔しい。
しかも童貞という、かつて受けたことのない荒業である。
南村を夫にするつもりなら、今夜はいわば『初夜』のようなもの。夫婦生活の第一歩で躓くわけにはいかない。
最高の一夜にしなければ――
「そうだわ。彼女なら経験豊富だし、確かな答えが聞けるかも」
希美はふと閃いて、アドレスのグループを切り替えた。エッチの相談だからと言って、友人に拘る必要はない。
そわそわしながらスマートフォンを耳に押し当てると、彼女が応答した。
『はい、山際武子でございます。お嬢様、いかがなされましたか』
低く迫力のある声が聞こえてきて、希美はほっとする。誰より頼もしい味方の存在を忘れるなんて、どうかしていた。
「武子さん、お休みのところごめんなさい。緊急事態なの」
彼女は住み込みの家政婦だが、月に6日ある休みには自宅に戻っている。今夜がその日だった。
『大丈夫ですよ。今は私一人ですので、ご遠慮なく』
「寛人さんはお仕事なの?」
『オフィスビルの引越しだそうで、夜中の作業に駆り出されました』
童貞
童貞ってなんだっけ――
南村の告白を、希美は頭の中で反芻する。そして懸命に、耳慣れない単語の意味を思い出そうとした。
「……えーと」
視線を泳がせながら、なんとなく椅子を立つ。とにかくこの場を離れて、落ち着いて考えなければ。希美は彼の手をそっと解放した。
「北城さん?」
「ごめんなさい、ちょっとその……食事も済んだことだし、お化粧を直しにいってくるわ」
「あの……」
「すぐに戻るから」
不安げに見上げる南村をテーブルに残し、足早に立ち去った。
通路を抜ける途中、さきほどロビーで会ったカップルが食事しているのに気が付く。向こうも気が付いたようで、男はデザートフォークを持つ手を休め、女のほうは嫌そうな顔で希美を見てくる。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
南村に突き付けられた案件をなんとかするのが急務である。
化粧室に入ると、そこには誰もおらず希美は一人きりになれた。
鏡の前に立ち、気を落ち着けるように胸を押さえる。
(どうていって、確かアレよね。今、彼が言ったとおり女の人を抱いたことがない……ぶっちゃけ、やったことがないって意味よね?)
希美はこれまで、そんな男を相手にしたことがない。誰もが経験者であり、物言わずとも組み合える猛者ばかりだった。
(それにしても、わざわざ童貞を宣言する男ってどうなのよ)
バッグを開いてスマートフォンを取り出すと、せかせかと指を動かしてアドレスを繰る。そっち方面に詳しい人間を探し、どんなあんばいなのか訊いてみようとした。
しかし、どうやって訊けというのだ――
スムーズにやれるのか、それともテクニックが要るの……とか?
「かっこ悪すぎる……」
ぴたりと指を止める。
希美の端末にはたくさんの番号が登録されているが、そこまで訊ける友人は皆無なことに気付かされた。
(参ったわねえ)
きれいに磨かれた鏡の中、困惑する女がいる。
南村のために最高の自分を演出してきたのに、なんてざまだろう。というより、あと一歩のところで返し技をくらったことが悔しい。
しかも童貞という、かつて受けたことのない荒業である。
南村を夫にするつもりなら、今夜はいわば『初夜』のようなもの。夫婦生活の第一歩で躓くわけにはいかない。
最高の一夜にしなければ――
「そうだわ。彼女なら経験豊富だし、確かな答えが聞けるかも」
希美はふと閃いて、アドレスのグループを切り替えた。エッチの相談だからと言って、友人に拘る必要はない。
そわそわしながらスマートフォンを耳に押し当てると、彼女が応答した。
『はい、山際武子でございます。お嬢様、いかがなされましたか』
低く迫力のある声が聞こえてきて、希美はほっとする。誰より頼もしい味方の存在を忘れるなんて、どうかしていた。
「武子さん、お休みのところごめんなさい。緊急事態なの」
彼女は住み込みの家政婦だが、月に6日ある休みには自宅に戻っている。今夜がその日だった。
『大丈夫ですよ。今は私一人ですので、ご遠慮なく』
「寛人さんはお仕事なの?」
『オフィスビルの引越しだそうで、夜中の作業に駆り出されました』
0
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる