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ハートに火をつけて
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「第一、社長が反対されますよ。僕、営業部でも成績がいいわけじゃなく……」
「悪くもないでしょう。と言うより、社長は関係ないの。結婚相手は自由に選んでいいって約束だから」
「そうなんですか?」
ぱっと顔色が明るくなる。
希美は腕時計をちらりと覗き、タイムリミットまで一分切ったのを確かめると、彼との間を半歩詰めた。
「とりあえず、付き合ってみるっていう返事でもいいのよ」
これくらいの譲歩は仕方ない。なにしろ相手は真面目で純情な地味男なのだ。
「はあ……」
「私のこと、嫌い?」
「ええっ? いやそんな、まさか」
顔の前で手をぶんぶんと振る。慌てまくった仕草に、彼の本音が透けて見えた。
やはりそう。ただこの状況が信じられず、尻込みしているだけなのだ。
「だったら決まりね。今すぐ、返事をくださる?」
「えっ、今すぐ……ですか」
南村は再びもじもじすると、口ごもった。
平凡がスーツ着て歩いてるような地味男。
どんぐり君は、いきなりのプロポーズに戸惑ってはいるが、真剣にこの事案に取り組んでいる。それはとても好ましい態度だが、希美はイライラしてきた。
なにを迷うことがあるのか。
「なにか問題でもあるの? もしや、好きな人がいるとか」
「いえいえ、とんでもない。全然です」
もちろん、そのはずだ。恋人がいないことは、事前に調査済みである。
「だったら構わないでしょう」
「いや、でも……」
「でも?」
「……」
誰もいないホールに、二人きり。
一秒が一時間にも感じられる、どろりとした時が流れる。
南村は息を吐くと、諦めたような笑顔を浮かべ、ぽつりと言った。
「あなたのしていることは、どう考えても変です。僕なんて平凡で、なんの取りえもない男なのに……お受けできません」
時計の針がリミットを指す。
気が付けば、希美は壁に片手をつき、南村を極限まで追い詰めていた。
つまり、逆壁ドン――
「あの、北城さ……?」
「私の本気、口で言っても分からないようね。だったら、実地で教えてあげるわ」
南村を睨み上げ、口もとだけで微笑んだ。
「週末に食事しましょう。M区にオープンしたばかりの、とーっても素敵なホテルがあるの」
迫力に押されてか、南村がかろうじて頷く。
それをしかと確かめると、解放した。
ちょうど到着したエレベーターに希美は滑り込み、行き先ボタンと開閉ボタンをカチカチと押す。呆然として見送る彼が見えなくなると、唇をきつく噛んだ。
簡単に落とせると思った相手が、落ちなかった。
屈辱の事実が、負けず嫌いの魂に本物の火を点けてしまった。
「悪くもないでしょう。と言うより、社長は関係ないの。結婚相手は自由に選んでいいって約束だから」
「そうなんですか?」
ぱっと顔色が明るくなる。
希美は腕時計をちらりと覗き、タイムリミットまで一分切ったのを確かめると、彼との間を半歩詰めた。
「とりあえず、付き合ってみるっていう返事でもいいのよ」
これくらいの譲歩は仕方ない。なにしろ相手は真面目で純情な地味男なのだ。
「はあ……」
「私のこと、嫌い?」
「ええっ? いやそんな、まさか」
顔の前で手をぶんぶんと振る。慌てまくった仕草に、彼の本音が透けて見えた。
やはりそう。ただこの状況が信じられず、尻込みしているだけなのだ。
「だったら決まりね。今すぐ、返事をくださる?」
「えっ、今すぐ……ですか」
南村は再びもじもじすると、口ごもった。
平凡がスーツ着て歩いてるような地味男。
どんぐり君は、いきなりのプロポーズに戸惑ってはいるが、真剣にこの事案に取り組んでいる。それはとても好ましい態度だが、希美はイライラしてきた。
なにを迷うことがあるのか。
「なにか問題でもあるの? もしや、好きな人がいるとか」
「いえいえ、とんでもない。全然です」
もちろん、そのはずだ。恋人がいないことは、事前に調査済みである。
「だったら構わないでしょう」
「いや、でも……」
「でも?」
「……」
誰もいないホールに、二人きり。
一秒が一時間にも感じられる、どろりとした時が流れる。
南村は息を吐くと、諦めたような笑顔を浮かべ、ぽつりと言った。
「あなたのしていることは、どう考えても変です。僕なんて平凡で、なんの取りえもない男なのに……お受けできません」
時計の針がリミットを指す。
気が付けば、希美は壁に片手をつき、南村を極限まで追い詰めていた。
つまり、逆壁ドン――
「あの、北城さ……?」
「私の本気、口で言っても分からないようね。だったら、実地で教えてあげるわ」
南村を睨み上げ、口もとだけで微笑んだ。
「週末に食事しましょう。M区にオープンしたばかりの、とーっても素敵なホテルがあるの」
迫力に押されてか、南村がかろうじて頷く。
それをしかと確かめると、解放した。
ちょうど到着したエレベーターに希美は滑り込み、行き先ボタンと開閉ボタンをカチカチと押す。呆然として見送る彼が見えなくなると、唇をきつく噛んだ。
簡単に落とせると思った相手が、落ちなかった。
屈辱の事実が、負けず嫌いの魂に本物の火を点けてしまった。
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