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影の薄い男
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親子二人きりの社長室に、緊張の空気が流れる。希美の場合ただの結婚ではなく、会社の将来に関わる話だ。社長は真面目になり、昔はもてたという整った顔を、こちらにまっすぐに向けている。
「私の理想のタイプそのものって感じかな」
にっこりと微笑むが、社長は訝しげな様子。
「理想って、まさか希美……昔からお前が言ってる、『結婚の条件』に合った奴じゃあるまいね」
「むろん、条件にぴったりの人よ」
ええー? と、あからさまに落胆する社長。無理もない、希美の条件というのを彼も熟知している。
――年下で、地味な男のひと。
――顔は普通で、勉強もスポーツも、そこそこできればじゅうぶん。
――夫には奥さんをやってもらいます。
「ちょっと待て! そんな奴といつから付き合ってるんだ。そもそも、相手は婿養子になると承知してるのか。それどころか、将来はお前が社長で、そいつが『奥さん』になるんだぞ。本気なのか?」
ついに椅子から立ち上がり、詰め寄ってきた。
父親としては、娘の結婚相手に対して、もっと欲がある。だからこれまでも何度か、良い見合い話を持ち掛けてきた。会社の利益に繋がるだけではなく、頼りになる年上の、非の打ちどころがない好青年を厳選しすすめたのだ。
それをことごとく断り、希美が選んだのは、毒にも薬にもならない、ひっそりとした地味な男。
「どこのどいつだ。勤め先は? なんの仕事をしてる」
こういった反応は予測していたので、希美は慌てないし、そのための準備もできている。スーツのポケットから封筒を取り出すと、社長に差し出した。
「これは?」
「私が結婚を希望する男性のプロフィールよ。簡単だけど、詳しいことは営業の人に聞いてもらえれば……」
「営業?」
なんのことだと首をひねりながら、社長は封筒から便箋を取り出す。そして、記された情報に素早く目を通すと、ぎょっとした表情を浮かべた。
「うちの社員? しかも、本社営業部の……」
希美が頷くのを見てから、もう一度名前を確かめた。眉間に皺を寄せ、懸命に思い出そうとするその姿が滑稽に感じられて、噴き出しそうになる。
(実に、理想的。彼は条件どおりの男だわ)
「営業二課の、南村壮二、26歳……聞いたことがあるような、ないような。こんな男、営業にいるかあ?」
社長は便箋を封筒に戻すと、胸ポケットに仕舞う。一応あずかるという形だが、表情は渋いままだ。
「営業の連中とは面識があるが、まったく分からん。恐ろしく影の薄い男だな」
「はい」
満足そうに肯定すると、ますます渋い顔になった。
「まあいい。で、いつから交際してるんだ。さっきも訊いたが、お前の条件について、向こうは承知してるのか」
希美はちょっと考える風にして、すぐに首を振る。言葉を選んでも仕方ない。正直に、ストレートに言うことにしよう。
「今日これから、彼にプロポーズするわ。まともに顔を見るのも、話をするのも初めてだから、少し緊張するわね。でも大丈夫、きっと彼なら承諾してくれる」
「……」
一体、この娘はなにを言っているのだ?
と、海千山千の社長にも理解不能な展開のようで、言葉を失っている。
だが、希美はそれでも構わない。とにかく、結婚するという報告はしておいた。
「あっ、もうこんな時間。それでは、10分ほどで戻りますから、その間にR社に出掛けるご準備をお願いします。あと、ネクタイはきちんと締め直してください。R社の社長は身だしなみに厳しい方です」
秘書の口調で言い置くと、つかつかとドアに歩き、社長室をあとにした。
「私の理想のタイプそのものって感じかな」
にっこりと微笑むが、社長は訝しげな様子。
「理想って、まさか希美……昔からお前が言ってる、『結婚の条件』に合った奴じゃあるまいね」
「むろん、条件にぴったりの人よ」
ええー? と、あからさまに落胆する社長。無理もない、希美の条件というのを彼も熟知している。
――年下で、地味な男のひと。
――顔は普通で、勉強もスポーツも、そこそこできればじゅうぶん。
――夫には奥さんをやってもらいます。
「ちょっと待て! そんな奴といつから付き合ってるんだ。そもそも、相手は婿養子になると承知してるのか。それどころか、将来はお前が社長で、そいつが『奥さん』になるんだぞ。本気なのか?」
ついに椅子から立ち上がり、詰め寄ってきた。
父親としては、娘の結婚相手に対して、もっと欲がある。だからこれまでも何度か、良い見合い話を持ち掛けてきた。会社の利益に繋がるだけではなく、頼りになる年上の、非の打ちどころがない好青年を厳選しすすめたのだ。
それをことごとく断り、希美が選んだのは、毒にも薬にもならない、ひっそりとした地味な男。
「どこのどいつだ。勤め先は? なんの仕事をしてる」
こういった反応は予測していたので、希美は慌てないし、そのための準備もできている。スーツのポケットから封筒を取り出すと、社長に差し出した。
「これは?」
「私が結婚を希望する男性のプロフィールよ。簡単だけど、詳しいことは営業の人に聞いてもらえれば……」
「営業?」
なんのことだと首をひねりながら、社長は封筒から便箋を取り出す。そして、記された情報に素早く目を通すと、ぎょっとした表情を浮かべた。
「うちの社員? しかも、本社営業部の……」
希美が頷くのを見てから、もう一度名前を確かめた。眉間に皺を寄せ、懸命に思い出そうとするその姿が滑稽に感じられて、噴き出しそうになる。
(実に、理想的。彼は条件どおりの男だわ)
「営業二課の、南村壮二、26歳……聞いたことがあるような、ないような。こんな男、営業にいるかあ?」
社長は便箋を封筒に戻すと、胸ポケットに仕舞う。一応あずかるという形だが、表情は渋いままだ。
「営業の連中とは面識があるが、まったく分からん。恐ろしく影の薄い男だな」
「はい」
満足そうに肯定すると、ますます渋い顔になった。
「まあいい。で、いつから交際してるんだ。さっきも訊いたが、お前の条件について、向こうは承知してるのか」
希美はちょっと考える風にして、すぐに首を振る。言葉を選んでも仕方ない。正直に、ストレートに言うことにしよう。
「今日これから、彼にプロポーズするわ。まともに顔を見るのも、話をするのも初めてだから、少し緊張するわね。でも大丈夫、きっと彼なら承諾してくれる」
「……」
一体、この娘はなにを言っているのだ?
と、海千山千の社長にも理解不能な展開のようで、言葉を失っている。
だが、希美はそれでも構わない。とにかく、結婚するという報告はしておいた。
「あっ、もうこんな時間。それでは、10分ほどで戻りますから、その間にR社に出掛けるご準備をお願いします。あと、ネクタイはきちんと締め直してください。R社の社長は身だしなみに厳しい方です」
秘書の口調で言い置くと、つかつかとドアに歩き、社長室をあとにした。
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