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影の薄い男
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株式会社ノルテフーズ。
東京都C区に本社ビルを構える食品会社である。創業者は先々代の社長・北城利男。婿養子に入った氷の販売店を、戦後から高度経済成長期にかけ冷蔵事業の会社へと発展させた。
インスタント食品および冷凍食品の製造・販売が主な事業であり、日本のみならず海外にも販路を広げている。
現社長は希美の父、北城利希。先代社長が早くに病没したため40代という若さで就任した。今年で17年目となる。自社製品の開発よりも企業買収などによる事業拡大に熱心で、社長のわりにアイテムに詳しくない。
希美は呆れるが、そのおかげで会社全体としてはまずまず儲かっているし、業績を上げているので、役員会でも特に突っ込まれていないようだ。
「それに、娘のお前が詳しいから、みんな大目に見てくれる。助かってるよ、次期社長サン」
社長室のパソコンでスケジュールをチェックしていた希美は、モニターを前に苦笑する。
(まったく、娘に頼ってどうすんの)
入社してから5年間、開発部に所属し、製品開発に関わってきた。というより、子どもの頃から自社製品を食べまくって育った彼女は、もともと詳しいのだ。
希美が特に好きなのは冷凍ラーメンである。彼女が小学生の頃、世界の味と銘打って売り出された、タイ風ラーメンという商品があった。
酸っぱいような、甘いような、辛いような、不思議な味わい。
いまだに、あのスープが忘れられない。ああいった、いながらにして世界の味を楽しめる……という製品を開発するのが希美の目標だった。
しかし、入社6年目で秘書課に異動となる。もちろん、経営者としての勉強を兼ねる社長秘書を命じられた。
不満はないけれど、物足りないというのが本音だ。
パソコンの電源を切ると窓の外に目をやり、最上階からの景色を見下ろす。ピンクの並木を上から見れば、ふわふわの桜でんぶのようだ。
(あー、もうお腹が空いてきた。お昼は太巻き寿司にしようかしら)
よだれが垂れそうになり、社長へと目を移す。そんなことより、言うべきことを早く言わなければ、ミーティングが始まってしまう。
「ところで、社長……いいえ、お父様。私、結婚相手を決めました」
「……は?」
社長は経済紙に目を通していたが、希美の顔を見返し、ぽかんとする。普段、社内では決して『お父様』と呼ばない娘である。
いや、それよりも――
「な、なんだいきなり。結婚相手だと?」
「お父様、一人娘の私は会社を継ぐかわりに、結婚相手は自由に選んでいい。子供の頃、そう約束してくださったわね」
「うっ、それは……」
「そろそろ三十路だもの、家庭を持って落ち着きたいわ」
革張りの椅子に深く腰かけたまま、社長は固まっている。だしぬけに持ち出された話に対応しきれず、動けないのだ。
希美のペースになりそうだが、そこは海千山千の社長である。ネクタイを緩めると、新聞を丁寧に折りたたんで余裕を見せる。還暦も近いといえどまだ50代、子供の言いなりにはならないだろう。
「まあ、それはそうだな。お前もいつまでも独り身ではなんだし、ええと……どんな男だ」
東京都C区に本社ビルを構える食品会社である。創業者は先々代の社長・北城利男。婿養子に入った氷の販売店を、戦後から高度経済成長期にかけ冷蔵事業の会社へと発展させた。
インスタント食品および冷凍食品の製造・販売が主な事業であり、日本のみならず海外にも販路を広げている。
現社長は希美の父、北城利希。先代社長が早くに病没したため40代という若さで就任した。今年で17年目となる。自社製品の開発よりも企業買収などによる事業拡大に熱心で、社長のわりにアイテムに詳しくない。
希美は呆れるが、そのおかげで会社全体としてはまずまず儲かっているし、業績を上げているので、役員会でも特に突っ込まれていないようだ。
「それに、娘のお前が詳しいから、みんな大目に見てくれる。助かってるよ、次期社長サン」
社長室のパソコンでスケジュールをチェックしていた希美は、モニターを前に苦笑する。
(まったく、娘に頼ってどうすんの)
入社してから5年間、開発部に所属し、製品開発に関わってきた。というより、子どもの頃から自社製品を食べまくって育った彼女は、もともと詳しいのだ。
希美が特に好きなのは冷凍ラーメンである。彼女が小学生の頃、世界の味と銘打って売り出された、タイ風ラーメンという商品があった。
酸っぱいような、甘いような、辛いような、不思議な味わい。
いまだに、あのスープが忘れられない。ああいった、いながらにして世界の味を楽しめる……という製品を開発するのが希美の目標だった。
しかし、入社6年目で秘書課に異動となる。もちろん、経営者としての勉強を兼ねる社長秘書を命じられた。
不満はないけれど、物足りないというのが本音だ。
パソコンの電源を切ると窓の外に目をやり、最上階からの景色を見下ろす。ピンクの並木を上から見れば、ふわふわの桜でんぶのようだ。
(あー、もうお腹が空いてきた。お昼は太巻き寿司にしようかしら)
よだれが垂れそうになり、社長へと目を移す。そんなことより、言うべきことを早く言わなければ、ミーティングが始まってしまう。
「ところで、社長……いいえ、お父様。私、結婚相手を決めました」
「……は?」
社長は経済紙に目を通していたが、希美の顔を見返し、ぽかんとする。普段、社内では決して『お父様』と呼ばない娘である。
いや、それよりも――
「な、なんだいきなり。結婚相手だと?」
「お父様、一人娘の私は会社を継ぐかわりに、結婚相手は自由に選んでいい。子供の頃、そう約束してくださったわね」
「うっ、それは……」
「そろそろ三十路だもの、家庭を持って落ち着きたいわ」
革張りの椅子に深く腰かけたまま、社長は固まっている。だしぬけに持ち出された話に対応しきれず、動けないのだ。
希美のペースになりそうだが、そこは海千山千の社長である。ネクタイを緩めると、新聞を丁寧に折りたたんで余裕を見せる。還暦も近いといえどまだ50代、子供の言いなりにはならないだろう。
「まあ、それはそうだな。お前もいつまでも独り身ではなんだし、ええと……どんな男だ」
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