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雪の小京都
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その後、私たちはカフェに入った。
一言も口を利かずにここまで来たけれど、テーブルで向き合い、コーヒーが運ばれてきてすぐ、私は返事をしていた。
「実は……私も、掛井さんが好きです。一年前から、ずっと」
永遠に言えないと思っていた。
しかし私は、自分でもびっくりするくらい簡単に跳び越えることができた。それはたぶん、彼がきっかけを与えてくれたから。
「うん。なんとなく、分かっていました」
「そうなんですか。分かって……」
えっ? と、彼の目を見返す。優しく、包み込むような眼差しで私を見守っている。
「え、どうして……だって、私はぜんぜん、アプローチもしなかったのに」
「ああ。でもそれは、僕もだけど……」
「むしろ、冷たかったと思います。安田さんがあなたのことをからかったり、意地悪を言っても、見てるだけで」
「安田さん?」
意外な名前が出た、という表情。
「そんなこと、気にしてたんですか?」
「は、はい。だって、あの人はいつもひどくて……昨日も、プライベートなことをしつこく訊いたり、車のこともぼろくそに言ってましたよね。それなのに、私はろくにフォローもできなかった。掛井さんのことを、す、好きなくせに……」
掛井さんがまぶしそうに目を細める。
私はいたたまれず、下を向いた。
「夏目さん。僕はこう見えて、あんがい図太いんです。安田さんに何を言われようと傷ついたりしません。いや、彼女についてはむしろ、信頼できる人だと思ってるくらいで」
「信頼……ど、どうしてですか?」
納得できない私に、彼はいつもと変わらぬ穏やかな口調で答えた。
「あの人は嘘がつけないだけです。車のことも、正直な感想を言ったまででしょう。腹の中でぼろくそに貶すより、いいと思いませんか?」
「は、はあ……でも、掛井さんの大切な車を、悪く言うなんて」
「大丈夫、気にしてませんよ。僕の車だから、僕が価値を分かっていればいいんです」
なんという懐の深さ。私は自分自身が、ちょっとしたことで腹を立てる小さな人間に思えてきた。
「それに、安田さんは細やかな気配りができる人です」
「気配り、ですか?」
細やかとはほど遠いタイプだと思うが、掛井さんは真面目である。
「んー、例えば……そうだ。昨日、夏目さんがお茶を淹れてくれましたよね」
「あ、はい。掛井さんから和菓子をいただいた時に」
「他の人は先に和菓子を食べ始めたけど、安田さんは、夏目さんが戻ってくるまで待っていました。どうしてだと思います?」
「それは、お茶が来てから食べようとしたのでは……」
掛井さんは首をゆるゆると振った。
「お茶ではなく、お茶を淹れてくれる夏目さんを待っていたのです。でも、それを他の人に強制することはない。あの人は、そういう人なんですよ」
「ええ……?」
目からウロコだった。てっきり、お茶が来ないとお菓子を食べない人だと思っていた。
「知らなかった。どうして掛井さんにはそれが分かるんですか?」
「彼女とは長い付き合いなので。あと、安田さんに限らず、僕は相手のいいところを見るようにしています。そうすると、自然と好意的に接するようになって、良い関係が生まれたりしますね」
「なるほど」
掛井さんは、ただ人当たりが良いのではなく、工夫しているのだ。
「でもまあ、どうしてもダメな相手もいます。そんな時は距離を置くか、仕事と割り切るかどっちかかな」
「さすがの掛井さんも、仏様のようにはいかないと」
「そういうこと」
彼が朗らかに笑い、コーヒーを飲む。なんだかソワソワしてきた。ますます好きになってしまいそうで、落ち着かない。
「ところで、さっきの話ですが」
「あ、は、はいっ」
掛井さんがカップを置いて、少し前のめりになった。ソワソワする私に、正面から迫ってくる。
「僕は、夏目さんの気持ちをなんとなく分かっていました。でも、告白するとかデートに誘うとか、簡単にできなかったんです。万が一勘違いだったら、気まずい思いをさせてしまうから」
「そ、そう、ですよね」
彼にとって、私は得意先の社員である。告白のリスクは高いかもしれない。
一言も口を利かずにここまで来たけれど、テーブルで向き合い、コーヒーが運ばれてきてすぐ、私は返事をしていた。
「実は……私も、掛井さんが好きです。一年前から、ずっと」
永遠に言えないと思っていた。
しかし私は、自分でもびっくりするくらい簡単に跳び越えることができた。それはたぶん、彼がきっかけを与えてくれたから。
「うん。なんとなく、分かっていました」
「そうなんですか。分かって……」
えっ? と、彼の目を見返す。優しく、包み込むような眼差しで私を見守っている。
「え、どうして……だって、私はぜんぜん、アプローチもしなかったのに」
「ああ。でもそれは、僕もだけど……」
「むしろ、冷たかったと思います。安田さんがあなたのことをからかったり、意地悪を言っても、見てるだけで」
「安田さん?」
意外な名前が出た、という表情。
「そんなこと、気にしてたんですか?」
「は、はい。だって、あの人はいつもひどくて……昨日も、プライベートなことをしつこく訊いたり、車のこともぼろくそに言ってましたよね。それなのに、私はろくにフォローもできなかった。掛井さんのことを、す、好きなくせに……」
掛井さんがまぶしそうに目を細める。
私はいたたまれず、下を向いた。
「夏目さん。僕はこう見えて、あんがい図太いんです。安田さんに何を言われようと傷ついたりしません。いや、彼女についてはむしろ、信頼できる人だと思ってるくらいで」
「信頼……ど、どうしてですか?」
納得できない私に、彼はいつもと変わらぬ穏やかな口調で答えた。
「あの人は嘘がつけないだけです。車のことも、正直な感想を言ったまででしょう。腹の中でぼろくそに貶すより、いいと思いませんか?」
「は、はあ……でも、掛井さんの大切な車を、悪く言うなんて」
「大丈夫、気にしてませんよ。僕の車だから、僕が価値を分かっていればいいんです」
なんという懐の深さ。私は自分自身が、ちょっとしたことで腹を立てる小さな人間に思えてきた。
「それに、安田さんは細やかな気配りができる人です」
「気配り、ですか?」
細やかとはほど遠いタイプだと思うが、掛井さんは真面目である。
「んー、例えば……そうだ。昨日、夏目さんがお茶を淹れてくれましたよね」
「あ、はい。掛井さんから和菓子をいただいた時に」
「他の人は先に和菓子を食べ始めたけど、安田さんは、夏目さんが戻ってくるまで待っていました。どうしてだと思います?」
「それは、お茶が来てから食べようとしたのでは……」
掛井さんは首をゆるゆると振った。
「お茶ではなく、お茶を淹れてくれる夏目さんを待っていたのです。でも、それを他の人に強制することはない。あの人は、そういう人なんですよ」
「ええ……?」
目からウロコだった。てっきり、お茶が来ないとお菓子を食べない人だと思っていた。
「知らなかった。どうして掛井さんにはそれが分かるんですか?」
「彼女とは長い付き合いなので。あと、安田さんに限らず、僕は相手のいいところを見るようにしています。そうすると、自然と好意的に接するようになって、良い関係が生まれたりしますね」
「なるほど」
掛井さんは、ただ人当たりが良いのではなく、工夫しているのだ。
「でもまあ、どうしてもダメな相手もいます。そんな時は距離を置くか、仕事と割り切るかどっちかかな」
「さすがの掛井さんも、仏様のようにはいかないと」
「そういうこと」
彼が朗らかに笑い、コーヒーを飲む。なんだかソワソワしてきた。ますます好きになってしまいそうで、落ち着かない。
「ところで、さっきの話ですが」
「あ、は、はいっ」
掛井さんがカップを置いて、少し前のめりになった。ソワソワする私に、正面から迫ってくる。
「僕は、夏目さんの気持ちをなんとなく分かっていました。でも、告白するとかデートに誘うとか、簡単にできなかったんです。万が一勘違いだったら、気まずい思いをさせてしまうから」
「そ、そう、ですよね」
彼にとって、私は得意先の社員である。告白のリスクは高いかもしれない。
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