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雪の小京都
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「雪が降ってきましたね」
「あ、本当だ」
郡上インターで降りる頃、雪がちらついてきた。山だけでなく、町中にも雪が積もっている。
川沿いの駐車場に車を停めると、掛井さんは「少し待って」と、車を降りて、荷台から何か取ってきた。
「これを使ってください」
「え?」
渡されたのはマフラーだった。
「でも、掛井さんは」
「僕は暑がりなので、大丈夫です。さ、どうぞ」
グレーのチェック柄は男性向きだが、首に巻いてみるとあんがい可愛らしい。掛井さんも「お、似合いますね」と、微笑んだ。
(あったかい……)
掛井さんは普段、マフラーを使わないと言った。得意先からいただいたものを、車に載せてあったそうだ。
車を降りてから、ぺこりと礼をした。
「ありがとうございます。きちんと洗って、お返ししますね」
「ん……?」
傘を開きながら、掛井さんが目を見開く。
私も「あっ」と思った。
「名古屋城の公園で、会った時……ですね」
「そう、あの時だ。夏目さんがハンカチを貸してくれて、僕が同じことを言いました」
彼は約束どおり、ハンカチを洗って返してくれた。フローラルのいい香りがして、私は感激して、あれからずっと使わず大切に仕舞ってある。
「覚えてらしたんですね」
「もちろん。僕にとって重要な日ですから、忘れられません」
「重要な……?」
あの日、何かあったのだろうか。確か、イベントの帰りだと言っていたが。
「ふふ……ま、いいです。そうだ、もう一本傘があるから使ってください」
透明のビニール傘を貸してくれた。何から何までお世話になり、恐縮してしまう。だけど、掛井さんはまったく気にした風もなく、町へと案内してくれた。
「郡上には仕事で何度か来たことがあって、地図を見なくても歩くことができます。一度、ものすごく雪が積もった日に、得意先の人に城まで連れていってもらいました。山も町も白く染まる景色は、風情があったなあ」
「いいなあ……えっ、お城があるんですか?」
「郡上八幡城という美しい山城です」
それは知らなかった。今日はお城に縁があるのだろうか。
「夏目さん、興味がありそうですね」
「はい。犬山城に続いて、今日はお城めぐりをします!」
拳を握りしめる私を見て、掛井さんが楽しそうに笑った。
今日は楽しむと決めた私は、細かい感情は抜きにして、二人きりの時間を大切に過ごした。
郡上八幡城は山の上にあった。雪化粧した城も景色も美しく、私は寒さを忘れて真冬の行楽を楽しんだ。
城の写真を何枚か撮って父親にメールした。ほとんど連絡をしない娘から一日に何度も城の写真が来て、さぞかし驚くだろう。しかも今回は、『雪の郡上八幡城』である。
「夏目さん、そろそろ麓に下りて、お茶でも飲みましょう」
「あ、はい!」
坂道を下りる途中、歓声を上げながら歩く外国人観光客とすれ違った。雪が珍しいようで、すごくはしゃいでいる。
「ははは……嬉しさが伝わってきますね」
「ええ、ほんとに。外国の人は感情表現が豊かで、ちょっとうらやましいかも……」
私はふだん、感情を表に出さないようにしている。正確に言うと、就職してからは周りに合わせるようになった。時々、そんな自分が歯がゆくて、自己嫌悪に陥ったりする。
これでは、何ひとつ伝わらない気がして――
「夏目さん、どうかしましたか?」
「……」
ずっと伝わらないまま、終わるのだろうか。
「夏目さん?」
「いえ、なんでもないです」
今は現実ではなく、夢の時間。
気を取り直し、心配そうにする掛井さんから目を逸らした。
「掛井さん、雪がますます降ってきましたよ。早く行きましょ……ひゃっ!」
速く歩こうとして、雪に足を滑らせた。傘が宙に舞い、ひっくり返りそうになる。
「危ない!」
尻餅をつく寸前、抱きとめられた。ほとんど仰向けの私を、掛井さんがびっくりした顔で覗き込んでいる。
「危なかった。大丈夫ですか?」
「す、すみません。私……」
「まったく、あなたって人は」
掛井さんが真顔になった。さすがに呆れたのだろう。一人で混乱して、子どもみたいに迷惑をかけてしまう私は、一年前と何も変わっていない。
「夏目さん」
「ごめんなさい。私はホントに、ダメな人間で……」
「いいえ、夏目さん。僕は、あなたが可愛くてしょうがないんですよ」
「……」
今、なんて?
聞き間違いかと思った。でも、彼は私をじっと見つめている。これまで見たことのないような燃える瞳で?
「か、掛井さん……あの」
「僕は夏目さんが好きです。一年前から、ずっと」
夢を通り越えて、天国にきてしまったのだろうか。
そっと抱きしめられ、堪らなくなって目を閉じた。
雪の冷たさよりも、彼の熱を感じる。
夢じゃない。
これは、現実だ――
「あ、本当だ」
郡上インターで降りる頃、雪がちらついてきた。山だけでなく、町中にも雪が積もっている。
川沿いの駐車場に車を停めると、掛井さんは「少し待って」と、車を降りて、荷台から何か取ってきた。
「これを使ってください」
「え?」
渡されたのはマフラーだった。
「でも、掛井さんは」
「僕は暑がりなので、大丈夫です。さ、どうぞ」
グレーのチェック柄は男性向きだが、首に巻いてみるとあんがい可愛らしい。掛井さんも「お、似合いますね」と、微笑んだ。
(あったかい……)
掛井さんは普段、マフラーを使わないと言った。得意先からいただいたものを、車に載せてあったそうだ。
車を降りてから、ぺこりと礼をした。
「ありがとうございます。きちんと洗って、お返ししますね」
「ん……?」
傘を開きながら、掛井さんが目を見開く。
私も「あっ」と思った。
「名古屋城の公園で、会った時……ですね」
「そう、あの時だ。夏目さんがハンカチを貸してくれて、僕が同じことを言いました」
彼は約束どおり、ハンカチを洗って返してくれた。フローラルのいい香りがして、私は感激して、あれからずっと使わず大切に仕舞ってある。
「覚えてらしたんですね」
「もちろん。僕にとって重要な日ですから、忘れられません」
「重要な……?」
あの日、何かあったのだろうか。確か、イベントの帰りだと言っていたが。
「ふふ……ま、いいです。そうだ、もう一本傘があるから使ってください」
透明のビニール傘を貸してくれた。何から何までお世話になり、恐縮してしまう。だけど、掛井さんはまったく気にした風もなく、町へと案内してくれた。
「郡上には仕事で何度か来たことがあって、地図を見なくても歩くことができます。一度、ものすごく雪が積もった日に、得意先の人に城まで連れていってもらいました。山も町も白く染まる景色は、風情があったなあ」
「いいなあ……えっ、お城があるんですか?」
「郡上八幡城という美しい山城です」
それは知らなかった。今日はお城に縁があるのだろうか。
「夏目さん、興味がありそうですね」
「はい。犬山城に続いて、今日はお城めぐりをします!」
拳を握りしめる私を見て、掛井さんが楽しそうに笑った。
今日は楽しむと決めた私は、細かい感情は抜きにして、二人きりの時間を大切に過ごした。
郡上八幡城は山の上にあった。雪化粧した城も景色も美しく、私は寒さを忘れて真冬の行楽を楽しんだ。
城の写真を何枚か撮って父親にメールした。ほとんど連絡をしない娘から一日に何度も城の写真が来て、さぞかし驚くだろう。しかも今回は、『雪の郡上八幡城』である。
「夏目さん、そろそろ麓に下りて、お茶でも飲みましょう」
「あ、はい!」
坂道を下りる途中、歓声を上げながら歩く外国人観光客とすれ違った。雪が珍しいようで、すごくはしゃいでいる。
「ははは……嬉しさが伝わってきますね」
「ええ、ほんとに。外国の人は感情表現が豊かで、ちょっとうらやましいかも……」
私はふだん、感情を表に出さないようにしている。正確に言うと、就職してからは周りに合わせるようになった。時々、そんな自分が歯がゆくて、自己嫌悪に陥ったりする。
これでは、何ひとつ伝わらない気がして――
「夏目さん、どうかしましたか?」
「……」
ずっと伝わらないまま、終わるのだろうか。
「夏目さん?」
「いえ、なんでもないです」
今は現実ではなく、夢の時間。
気を取り直し、心配そうにする掛井さんから目を逸らした。
「掛井さん、雪がますます降ってきましたよ。早く行きましょ……ひゃっ!」
速く歩こうとして、雪に足を滑らせた。傘が宙に舞い、ひっくり返りそうになる。
「危ない!」
尻餅をつく寸前、抱きとめられた。ほとんど仰向けの私を、掛井さんがびっくりした顔で覗き込んでいる。
「危なかった。大丈夫ですか?」
「す、すみません。私……」
「まったく、あなたって人は」
掛井さんが真顔になった。さすがに呆れたのだろう。一人で混乱して、子どもみたいに迷惑をかけてしまう私は、一年前と何も変わっていない。
「夏目さん」
「ごめんなさい。私はホントに、ダメな人間で……」
「いいえ、夏目さん。僕は、あなたが可愛くてしょうがないんですよ」
「……」
今、なんて?
聞き間違いかと思った。でも、彼は私をじっと見つめている。これまで見たことのないような燃える瞳で?
「か、掛井さん……あの」
「僕は夏目さんが好きです。一年前から、ずっと」
夢を通り越えて、天国にきてしまったのだろうか。
そっと抱きしめられ、堪らなくなって目を閉じた。
雪の冷たさよりも、彼の熱を感じる。
夢じゃない。
これは、現実だ――
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