Destiny

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
10 / 14
雪の小京都

しおりを挟む
「雪が降ってきましたね」

「あ、本当だ」


郡上インターで降りる頃、雪がちらついてきた。山だけでなく、町中にも雪が積もっている。


川沿いの駐車場に車を停めると、掛井さんは「少し待って」と、車を降りて、荷台から何か取ってきた。


「これを使ってください」

「え?」


渡されたのはマフラーだった。


「でも、掛井さんは」

「僕は暑がりなので、大丈夫です。さ、どうぞ」


グレーのチェック柄は男性向きだが、首に巻いてみるとあんがい可愛らしい。掛井さんも「お、似合いますね」と、微笑んだ。


(あったかい……)


掛井さんは普段、マフラーを使わないと言った。得意先からいただいたものを、車に載せてあったそうだ。

車を降りてから、ぺこりと礼をした。


「ありがとうございます。きちんと洗って、お返ししますね」

「ん……?」


傘を開きながら、掛井さんが目を見開く。

私も「あっ」と思った。


「名古屋城の公園で、会った時……ですね」

「そう、あの時だ。夏目さんがハンカチを貸してくれて、僕が同じことを言いました」


彼は約束どおり、ハンカチを洗って返してくれた。フローラルのいい香りがして、私は感激して、あれからずっと使わず大切に仕舞ってある。


「覚えてらしたんですね」

「もちろん。僕にとって重要な日ですから、忘れられません」

「重要な……?」


あの日、何かあったのだろうか。確か、イベントの帰りだと言っていたが。


「ふふ……ま、いいです。そうだ、もう一本傘があるから使ってください」


透明のビニール傘を貸してくれた。何から何までお世話になり、恐縮してしまう。だけど、掛井さんはまったく気にした風もなく、町へと案内してくれた。


「郡上には仕事で何度か来たことがあって、地図を見なくても歩くことができます。一度、ものすごく雪が積もった日に、得意先の人に城まで連れていってもらいました。山も町も白く染まる景色は、風情があったなあ」

「いいなあ……えっ、お城があるんですか?」

「郡上八幡城という美しい山城です」


それは知らなかった。今日はお城に縁があるのだろうか。


「夏目さん、興味がありそうですね」

「はい。犬山城に続いて、今日はお城めぐりをします!」


拳を握りしめる私を見て、掛井さんが楽しそうに笑った。




今日は楽しむと決めた私は、細かい感情は抜きにして、二人きりの時間を大切に過ごした。


郡上八幡城は山の上にあった。雪化粧した城も景色も美しく、私は寒さを忘れて真冬の行楽を楽しんだ。

城の写真を何枚か撮って父親にメールした。ほとんど連絡をしない娘から一日に何度も城の写真が来て、さぞかし驚くだろう。しかも今回は、『雪の郡上八幡城』である。


「夏目さん、そろそろ麓に下りて、お茶でも飲みましょう」

「あ、はい!」


坂道を下りる途中、歓声を上げながら歩く外国人観光客とすれ違った。雪が珍しいようで、すごくはしゃいでいる。


「ははは……嬉しさが伝わってきますね」

「ええ、ほんとに。外国の人は感情表現が豊かで、ちょっとうらやましいかも……」


私はふだん、感情を表に出さないようにしている。正確に言うと、就職してからは周りに合わせるようになった。時々、そんな自分が歯がゆくて、自己嫌悪に陥ったりする。

これでは、何ひとつ伝わらない気がして――


「夏目さん、どうかしましたか?」

「……」


ずっと伝わらないまま、終わるのだろうか。


「夏目さん?」

「いえ、なんでもないです」


今は現実ではなく、夢の時間。

気を取り直し、心配そうにする掛井さんから目を逸らした。


「掛井さん、雪がますます降ってきましたよ。早く行きましょ……ひゃっ!」


速く歩こうとして、雪に足を滑らせた。傘が宙に舞い、ひっくり返りそうになる。


「危ない!」


尻餅をつく寸前、抱きとめられた。ほとんど仰向けの私を、掛井さんがびっくりした顔で覗き込んでいる。


「危なかった。大丈夫ですか?」

「す、すみません。私……」

「まったく、あなたって人は」


掛井さんが真顔になった。さすがに呆れたのだろう。一人で混乱して、子どもみたいに迷惑をかけてしまう私は、一年前と何も変わっていない。


「夏目さん」

「ごめんなさい。私はホントに、ダメな人間で……」

「いいえ、夏目さん。僕は、あなたが可愛くてしょうがないんですよ」

「……」


今、なんて?

聞き間違いかと思った。でも、彼は私をじっと見つめている。これまで見たことのないような燃える瞳で?


「か、掛井さん……あの」

「僕は夏目さんが好きです。一年前から、ずっと」


夢を通り越えて、天国にきてしまったのだろうか。

そっと抱きしめられ、堪らなくなって目を閉じた。

雪の冷たさよりも、彼の熱を感じる。

夢じゃない。

これは、現実だ――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

クリスマスバースディー

詩織
恋愛
クリスマスの日が誕生日。 彼氏が居たときは嬉しいけど、フリーだと寂しすぎる

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...