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犬山観光
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「今、走ってきたのが東海北陸自動車道で、ここは長良川サービスエリアの下り……ということですね」
「そうです」
車を降りる前に、カーナビゲーションで位置を確認した。私はいつも電車で遊びに行くので、高速のサービスエリアに来るのは久しぶりだ。
「私、サービスエリアが好きなんです。その土地のグルメとか、名産品とか、見てるだけでも楽しいし、『旅してる!』……って感じで」
思わずはしゃいでしまった。でも掛井さんは笑わず、
「同感です。旅行気分が盛り上がりますよね」
と、賛成してくれた。
「それなら、昼はここで食べましょうか。フードコートだけど、夏目さんさえよければ」
「あっ、はい。私は大丈夫です……ていうか、ぜひ!」
スムーズに話が決まる。ちょっとしたことだけど、気持ちが通じ合ったみたいで嬉しい。ひょっとして彼と私は、感受性が似ているのかな――なんて、思ってしまう。
掛井さんはエンジンを切ると、後部席からジャケットを取り、セーターの上に羽織った。私も膝に抱いていたコートに袖を通してから、ドアを開ける。
「あ……冬の匂い」
車を降りたとたん、ひんやりとした空気に包まれた。
周囲を見回すと、景色が白っぽい。犬山にはまだ秋の名残があったが、こちらは完全に冬景色である。
「今朝、雪が降ったそうです。夕方から、また降り始めるかもしれませんね」
「雪……」
街は雪が降ることが少ない。気候の違いも、旅行気分を盛り上げる一要素だ。
「行きましょう、掛井さん。お腹が空いてきました!」
「慌てると転びますよ」
掛井さんの声も弾んでいる。いつの間にか緊張が解けた私は、彼と並んで建物へと小走りした。
「ラーメン、おいしい~。お出汁が効いてる~」
私は高山ラーメンを食べた。平打ちの麺にさっぱりとしたスープが好みの味だった。サービスエリアのフードコートは、やはり、あなどれない。
「よかったら、これもひと口食べてみませんか」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」
掛井さんのごはんは味噌カツ丼だ。ジューシーなトンカツと甘味噌は、最高の組み合わせである。遠慮なく、一切れいただいた。
「味噌カツも美味しい! 食べ応えがありそうですね」
「はい。がっつりメニューが好みです」
掛井さんは一見スマートだけど、意外とたくさん食べるとのこと。営業マンは体力勝負なのだ。
(そっか、お肉が好きなんだ。ということは、実は体格がよかったりして……)
「えっ、なんですか?」
「はいっ? いえなんでも……あはは」
思考がだだ漏れだったかしらと、焦った。
危ない、危ない。変な妄想をしないよう、気を付けなければ。
「ところで、行き先についてですが」
「あっ、はい」
食事のあと、掛井さんがカップコーヒーを買ってくれた。ゆっくり飲みながら、これからのことを相談する。
「郡上八幡……奥美濃の小京都と呼ばれる、徹夜踊りで有名なところですよね。ネットで見たことがあります」
「そうそう。ここからだと30分くらいかな。冬タイヤだから、多少雪が積もっていても平気だし、どうですか?」
「行きたいです!」
大きな声が出て、ハッと我に返る。緊張が解けたのはいいが、これでは図々しいと思われてしまう。
しかし掛井さんは寛大だった。
いつものように微笑みを浮かべて、「喜んでもらえて、僕も嬉しいです」なんて言ってくれる。
「すみません、はしゃぎすぎですよね。でも私、ドライブなんて本当に久しぶりなので、うきうきしちゃって」
「謝ることはありませんよ。僕が誘ったんですから」
「……」
ふと、根本的な疑問に立ち返る。
そもそも、なぜ掛井さんは私にチケットをくれたのだろう。そして、なぜドライブに誘ってくれたのか。
まさか――
「そろそろ出ますか。遅くなるといけない」
「は、はい」
一瞬、都合のいい解釈をしそうになった。
でも、まさかまさか、そんなはずはない。営業の彼が得意先の、それも六つも年下の社員を特別扱いはしないだろう。
たまたまチケットをくれただけ。そして、私が暇そうだったから、ドライブに誘ってくれた。それだけの話である。
この一年、彼を思い続けてきたけれど、何も伝わっていないし、きっと、これからも伝わらない。安田さんに言いたい放題される彼をフォローしたくてもできない、意気地なしの私だから。
期待してはいけない。
「私、もう一度トイレに行ってきます。先に車に乗っていてください」
「分かりました。転ばないよう、気を付けて」
出発する前に、私は一人になって冷静になるよう努めた。
そして、「ああ、やっぱり夢なのかな」と、ため息をつく。
洗面所の鏡に映る私は、子どもみたいだ。親切な掛井さんに甘えて、ドライブに連れてきてもらって、食事もコーヒーもご馳走になってしまった。彼は私に比べたら、はるかに大人である。
ドライブが終わってしまえば、もとどおり。目が覚めたら、また片思いを続けるのだろう。
「それでもいい。こんな奇跡、二度とないだろうし……とにかく今は、めいっぱい楽しもう」
頬をペチペチと叩き、再び夢の中へと駆けていった。
「そうです」
車を降りる前に、カーナビゲーションで位置を確認した。私はいつも電車で遊びに行くので、高速のサービスエリアに来るのは久しぶりだ。
「私、サービスエリアが好きなんです。その土地のグルメとか、名産品とか、見てるだけでも楽しいし、『旅してる!』……って感じで」
思わずはしゃいでしまった。でも掛井さんは笑わず、
「同感です。旅行気分が盛り上がりますよね」
と、賛成してくれた。
「それなら、昼はここで食べましょうか。フードコートだけど、夏目さんさえよければ」
「あっ、はい。私は大丈夫です……ていうか、ぜひ!」
スムーズに話が決まる。ちょっとしたことだけど、気持ちが通じ合ったみたいで嬉しい。ひょっとして彼と私は、感受性が似ているのかな――なんて、思ってしまう。
掛井さんはエンジンを切ると、後部席からジャケットを取り、セーターの上に羽織った。私も膝に抱いていたコートに袖を通してから、ドアを開ける。
「あ……冬の匂い」
車を降りたとたん、ひんやりとした空気に包まれた。
周囲を見回すと、景色が白っぽい。犬山にはまだ秋の名残があったが、こちらは完全に冬景色である。
「今朝、雪が降ったそうです。夕方から、また降り始めるかもしれませんね」
「雪……」
街は雪が降ることが少ない。気候の違いも、旅行気分を盛り上げる一要素だ。
「行きましょう、掛井さん。お腹が空いてきました!」
「慌てると転びますよ」
掛井さんの声も弾んでいる。いつの間にか緊張が解けた私は、彼と並んで建物へと小走りした。
「ラーメン、おいしい~。お出汁が効いてる~」
私は高山ラーメンを食べた。平打ちの麺にさっぱりとしたスープが好みの味だった。サービスエリアのフードコートは、やはり、あなどれない。
「よかったら、これもひと口食べてみませんか」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」
掛井さんのごはんは味噌カツ丼だ。ジューシーなトンカツと甘味噌は、最高の組み合わせである。遠慮なく、一切れいただいた。
「味噌カツも美味しい! 食べ応えがありそうですね」
「はい。がっつりメニューが好みです」
掛井さんは一見スマートだけど、意外とたくさん食べるとのこと。営業マンは体力勝負なのだ。
(そっか、お肉が好きなんだ。ということは、実は体格がよかったりして……)
「えっ、なんですか?」
「はいっ? いえなんでも……あはは」
思考がだだ漏れだったかしらと、焦った。
危ない、危ない。変な妄想をしないよう、気を付けなければ。
「ところで、行き先についてですが」
「あっ、はい」
食事のあと、掛井さんがカップコーヒーを買ってくれた。ゆっくり飲みながら、これからのことを相談する。
「郡上八幡……奥美濃の小京都と呼ばれる、徹夜踊りで有名なところですよね。ネットで見たことがあります」
「そうそう。ここからだと30分くらいかな。冬タイヤだから、多少雪が積もっていても平気だし、どうですか?」
「行きたいです!」
大きな声が出て、ハッと我に返る。緊張が解けたのはいいが、これでは図々しいと思われてしまう。
しかし掛井さんは寛大だった。
いつものように微笑みを浮かべて、「喜んでもらえて、僕も嬉しいです」なんて言ってくれる。
「すみません、はしゃぎすぎですよね。でも私、ドライブなんて本当に久しぶりなので、うきうきしちゃって」
「謝ることはありませんよ。僕が誘ったんですから」
「……」
ふと、根本的な疑問に立ち返る。
そもそも、なぜ掛井さんは私にチケットをくれたのだろう。そして、なぜドライブに誘ってくれたのか。
まさか――
「そろそろ出ますか。遅くなるといけない」
「は、はい」
一瞬、都合のいい解釈をしそうになった。
でも、まさかまさか、そんなはずはない。営業の彼が得意先の、それも六つも年下の社員を特別扱いはしないだろう。
たまたまチケットをくれただけ。そして、私が暇そうだったから、ドライブに誘ってくれた。それだけの話である。
この一年、彼を思い続けてきたけれど、何も伝わっていないし、きっと、これからも伝わらない。安田さんに言いたい放題される彼をフォローしたくてもできない、意気地なしの私だから。
期待してはいけない。
「私、もう一度トイレに行ってきます。先に車に乗っていてください」
「分かりました。転ばないよう、気を付けて」
出発する前に、私は一人になって冷静になるよう努めた。
そして、「ああ、やっぱり夢なのかな」と、ため息をつく。
洗面所の鏡に映る私は、子どもみたいだ。親切な掛井さんに甘えて、ドライブに連れてきてもらって、食事もコーヒーもご馳走になってしまった。彼は私に比べたら、はるかに大人である。
ドライブが終わってしまえば、もとどおり。目が覚めたら、また片思いを続けるのだろう。
「それでもいい。こんな奇跡、二度とないだろうし……とにかく今は、めいっぱい楽しもう」
頬をペチペチと叩き、再び夢の中へと駆けていった。
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