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犬山観光
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駐車場は有料パーキングだった。数台の車がとまっている。
「あれ?」
掛井さんが見当たらない。まだお店の中だろうか。
「ええと……」
彼の車はステーションワゴンだと、この前、話していた。どんな車なのか分からないが、安田さんによると、社用車のバンみたいな外見のはず。
「夏目さん、すみません。着替えてから声をかけようとしたので、すれ違ってしまいました」
「えっ?」
振り向くと、掛井さんが慌てた様子で駆けてくる。セーターにパンツ、フード付ジャケットというラフな格好だ。
「あ、あの、スーツは……? お仕事の途中なのでは」
初めて見る私服姿に釘付けになりながら、私は訊ねた。彼は「ああ」と、朗らかに笑い、
「仕事は終わりです。僕の役目は売り場作りで、あとはまあ、忙しいオープニングを手伝うだけの予定でしたから」
「そうだったんですか?」
では、もし遅く来たら、会えなかったのかもしれない。早く出てきて良かったと、胸を撫で下ろした。
「それで、夏目さん。このあとドライブに行くのですが、もし良ければ付き合ってくれませんか?」
「……」
驚きのあまり、反応できない。
まさか、これは夢? だって、妄想が現実になるなんてあり得ない。
「すみません。いきなり誘われても、困ってしまうよね」
「いえっ、とんでもないです。私、今日は全然ヒマだし、時間ならたっぷりありますから!」
掛井さんが引こうとするのを感じ、思わず食い気味になった。何が何だか分からないけれど、これはチャンスである。
「そうですか、良かった。じゃあ、もうすぐお昼だし、まずはご飯でも食べましょうか」
「えっ、ご、ご飯を?」
夢だ、夢に違いない。
でも、どう考えてもこれは現実。目の前にいる掛井さんはホンモノであり、私をドライブと食事に誘ってくれている。
もう感情を隠せなかった。喜びをあらわに、満面の笑みで「ぜひ!」と答えた。
「それでは、行きましょうか」
掛井さんはにこにこして、とても嬉しそうに見える。気のせいかもしれないけれど、私もますます嬉しい。
「さあ、どうぞ。お乗りください」
掛井さんが私を車まで案内し、助手席のドアを開けてくれた。
「あれ、この車って……?」
白色のバンを想像していたが、全然違う。バンに似ているが、もっと大きいし、車体の色はダークグリーンだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、すみません。想像してたのと違ってたから。えっと、ステーションワゴンという車種なんですよね?」
「ああ。この前、安田さんが言ってたから……」
私の疑問に気づいたようだ。
「そのとおり、ステーションワゴンです。営業車とは大きさやデザインがちょっと違いますが、車種は同じです。古い車だけど、なかなかよく走ってくれるんですよ」
「同じ車種でも、いろんなデザインがあるんですね」
「大衆車から高級車まで、様々な仕様があります。まあ、僕は社用車も好きですけどね。と言うより、クルマが大好きなんです」
ボンネットをぽんぽんと叩いた。愛情を感じさせる仕草だった。
「私も車が好きです。実家にいる時は家族でよくドライブして、楽しかったから。私も早く自分の車がほしくて貯金してるんです」
「そうなんですか? いいですね?」
きらきらとした笑顔がまぶしい。屋外にいる掛井さんは、三割増しで輝いて見える。
「その話、もっと聞きたいけど、外にいたら体が冷えてしまう。さあ、乗って乗って」
「あ、はい。おじゃまします」
遠慮がちな私に気遣ってか、掛井さんが砕けた感じになる。ラフな言葉遣いも素敵だと思いつつ、助手席に座った。
「さてと、どこに行こうかな」
エンジンをかけて、暖房を調節しながら掛井さんが言う。まだ行き先を決めていないようだ。
「夏目さん。リクエストはありますか?」
「私が決めてもいいんですか?」
「もちろん。付き合ってもらうんだから、当然です。どこにでもお連れしますよ」
何という殺し文句。
いや、彼にとっては何でもない言葉だろうが、私には効果てきめんすぎる。興奮のあまり、「掛井さん家!」と、口走ってしまいそうだ。
しかし、そんな本音を言えば確実に引かれる。私は理性的になるよう努め、ノーマルな希望を述べた。
「岐阜の、山のほうに行ってみたいです」
「山?」
一瞬、間が空いた。変だったかなと不安になるが……
「いいですね。途中で高速に乗れば、そこそこ遠くまで行けるし、楽しそうだ」
快く承知してくれた。
私はほっとして、あり得ないほど胸がときめくのを感じながらシートベルトを締めた。
掛井さんの車は乗り心地がよかった。セダンほど快適ではないと彼は言うが、だとしたら、運転が上手いせいだ。
それに、『セドリック』というかなり古い車だけど、外も中もきれいで、エンジンも静か。大切にされているのが分かる。
「本当に、車が好きなんですね」
「はい。車とドライブが趣味なもので。特に、80年代から90年代のラインナップに魅力を感じますね。ちなみに、この車はオークションで偶然見つけたんです。元々の持ち主がダークグリーンに塗り替えたそうで、理想的な色合いにも惹かれたなあ。一目惚れってやつです」
車の話題だからか、掛井さんはいつになく饒舌だ。彼の普段の姿を見るようで、私はたまらない気持ちになる。こんな状況、朝には想像も出来なかった。
「もう少し行くとサービスエリアがあります。休憩しますか?」
「あ、はい。お願いします」
犬山を出てからそれほど経っていないが、トイレに行きたくなった。幸せいっぱいのドライブは、そのぶん緊張する。
「了解。のんびり行きましょう」
いつにも増して親切で優しい。景色を眺めるフリで彼の横顔をうかがい、ほっこりした。
「あれ?」
掛井さんが見当たらない。まだお店の中だろうか。
「ええと……」
彼の車はステーションワゴンだと、この前、話していた。どんな車なのか分からないが、安田さんによると、社用車のバンみたいな外見のはず。
「夏目さん、すみません。着替えてから声をかけようとしたので、すれ違ってしまいました」
「えっ?」
振り向くと、掛井さんが慌てた様子で駆けてくる。セーターにパンツ、フード付ジャケットというラフな格好だ。
「あ、あの、スーツは……? お仕事の途中なのでは」
初めて見る私服姿に釘付けになりながら、私は訊ねた。彼は「ああ」と、朗らかに笑い、
「仕事は終わりです。僕の役目は売り場作りで、あとはまあ、忙しいオープニングを手伝うだけの予定でしたから」
「そうだったんですか?」
では、もし遅く来たら、会えなかったのかもしれない。早く出てきて良かったと、胸を撫で下ろした。
「それで、夏目さん。このあとドライブに行くのですが、もし良ければ付き合ってくれませんか?」
「……」
驚きのあまり、反応できない。
まさか、これは夢? だって、妄想が現実になるなんてあり得ない。
「すみません。いきなり誘われても、困ってしまうよね」
「いえっ、とんでもないです。私、今日は全然ヒマだし、時間ならたっぷりありますから!」
掛井さんが引こうとするのを感じ、思わず食い気味になった。何が何だか分からないけれど、これはチャンスである。
「そうですか、良かった。じゃあ、もうすぐお昼だし、まずはご飯でも食べましょうか」
「えっ、ご、ご飯を?」
夢だ、夢に違いない。
でも、どう考えてもこれは現実。目の前にいる掛井さんはホンモノであり、私をドライブと食事に誘ってくれている。
もう感情を隠せなかった。喜びをあらわに、満面の笑みで「ぜひ!」と答えた。
「それでは、行きましょうか」
掛井さんはにこにこして、とても嬉しそうに見える。気のせいかもしれないけれど、私もますます嬉しい。
「さあ、どうぞ。お乗りください」
掛井さんが私を車まで案内し、助手席のドアを開けてくれた。
「あれ、この車って……?」
白色のバンを想像していたが、全然違う。バンに似ているが、もっと大きいし、車体の色はダークグリーンだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、すみません。想像してたのと違ってたから。えっと、ステーションワゴンという車種なんですよね?」
「ああ。この前、安田さんが言ってたから……」
私の疑問に気づいたようだ。
「そのとおり、ステーションワゴンです。営業車とは大きさやデザインがちょっと違いますが、車種は同じです。古い車だけど、なかなかよく走ってくれるんですよ」
「同じ車種でも、いろんなデザインがあるんですね」
「大衆車から高級車まで、様々な仕様があります。まあ、僕は社用車も好きですけどね。と言うより、クルマが大好きなんです」
ボンネットをぽんぽんと叩いた。愛情を感じさせる仕草だった。
「私も車が好きです。実家にいる時は家族でよくドライブして、楽しかったから。私も早く自分の車がほしくて貯金してるんです」
「そうなんですか? いいですね?」
きらきらとした笑顔がまぶしい。屋外にいる掛井さんは、三割増しで輝いて見える。
「その話、もっと聞きたいけど、外にいたら体が冷えてしまう。さあ、乗って乗って」
「あ、はい。おじゃまします」
遠慮がちな私に気遣ってか、掛井さんが砕けた感じになる。ラフな言葉遣いも素敵だと思いつつ、助手席に座った。
「さてと、どこに行こうかな」
エンジンをかけて、暖房を調節しながら掛井さんが言う。まだ行き先を決めていないようだ。
「夏目さん。リクエストはありますか?」
「私が決めてもいいんですか?」
「もちろん。付き合ってもらうんだから、当然です。どこにでもお連れしますよ」
何という殺し文句。
いや、彼にとっては何でもない言葉だろうが、私には効果てきめんすぎる。興奮のあまり、「掛井さん家!」と、口走ってしまいそうだ。
しかし、そんな本音を言えば確実に引かれる。私は理性的になるよう努め、ノーマルな希望を述べた。
「岐阜の、山のほうに行ってみたいです」
「山?」
一瞬、間が空いた。変だったかなと不安になるが……
「いいですね。途中で高速に乗れば、そこそこ遠くまで行けるし、楽しそうだ」
快く承知してくれた。
私はほっとして、あり得ないほど胸がときめくのを感じながらシートベルトを締めた。
掛井さんの車は乗り心地がよかった。セダンほど快適ではないと彼は言うが、だとしたら、運転が上手いせいだ。
それに、『セドリック』というかなり古い車だけど、外も中もきれいで、エンジンも静か。大切にされているのが分かる。
「本当に、車が好きなんですね」
「はい。車とドライブが趣味なもので。特に、80年代から90年代のラインナップに魅力を感じますね。ちなみに、この車はオークションで偶然見つけたんです。元々の持ち主がダークグリーンに塗り替えたそうで、理想的な色合いにも惹かれたなあ。一目惚れってやつです」
車の話題だからか、掛井さんはいつになく饒舌だ。彼の普段の姿を見るようで、私はたまらない気持ちになる。こんな状況、朝には想像も出来なかった。
「もう少し行くとサービスエリアがあります。休憩しますか?」
「あ、はい。お願いします」
犬山を出てからそれほど経っていないが、トイレに行きたくなった。幸せいっぱいのドライブは、そのぶん緊張する。
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