Destiny

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
7 / 14
犬山観光

しおりを挟む
麓に下りたあと、今度は川沿いの道ではなく、城下町を通って犬山駅方面へと歩いていった。楓屋犬山店は、犬山駅の近くに店舗を構えている。


(城下町っていいよね)


古いお寺や神社が歴史を感じさせる。歴史館やミュージアムの他、土産屋やカフェ、団子屋さんが軒を連ねる通りは、見ているだけで楽しい。



(掛井さんと城下町を散策して、そのあとドライブする。なんて、いいよねえ)


彼の愛車に乗って、二人きりのロマンチックなドライブデート……


妄想が止まらなくなり、一人でにやにやした。だけど、楓屋犬山店に辿り着いた瞬間、ハッと我にかえる。

現実の二人は、仕事上の知り合いに過ぎないってことを思い出したから。


(なんだかんだ、早く来てしまった)


顔を引き締め、店の様子を見やった。入り口に「イベント開催中」と書かれた看板が立ち、開け放たれたドアからお客様があふれている。

さすが楓屋さん。普段から大人気なのだろう。イベントともなれば、遠くから訪れる人も多いに違いない。

私は緊張しつつ、チケットを手に最後尾に並んだ。


(掛井さん、どこにいるのかな。接客中かしら)


順番に進んでいき、ようやく店内に入ったところでキョロキョロした。


「あっ……」


着物姿の店員さんの中で一人だけ、スーツにエプロンを着けた男性を見つけた。

掛井さんだ。

お客様を奥の試食スペースに案内している。紺地に招き猫が染め抜かれたエプロンが可愛い。妙によく似合っていて、私はつい微笑んでしまった。

すると、彼がふとこちらを向き、真っ直ぐに目が合う。ドキッとしたけれど、慌てて会釈したら、彼も明るく笑い、どうしてか照れた様子になった。

きっと、エプロン姿が恥ずかしいのだ。そんな掛井さんが可愛くてたまらなくなり、私は心の中で思い切り身悶えた。


(ああ、やっぱり私、掛井さんが大好き!)


にやにやが止まらず、店員さんに不思議がられながら和菓子を購入した。それから、チケットを使って試食と煎茶のサービスを受けた。案内してくれたのは掛井さんである。


「ようこそ、夏目さん。お待ちしてましたよ」

「あ、ありがとうございます」


店の奥はあんがい広く、チケットを持つお客様がじゅうぶん座れる椅子が用意されていた。

掛井さんは私を窓際の席に座らせてくれた。なんだかとても嬉しそに見えるのは気のせいだろうか。



掛井さん自らお茶と和菓子を運んでくれた。雪うさぎの練り切りが冬らしくて、可愛い。


「今、着いたばかりですか?」

「いえ、その……先に犬山城を観光してきました。開店まで時間があったので」


結局、早く来たことがバレてしまった。しかし彼はにこやかな顔のまま、


「そうなんですか。いいでしょう、犬山城。城下町も賑やかで、楽しい町ですよね」

「は、はい。本当に」

「犬山は他にも、明治村とかリトルワールドとか、見どころがたくさんあります。地元の方によると、観光地として昔から有名らしく……と、お喋りしてたら怒られてしまうな。ええと……」


掛井さんが私の顔をじっと見つめた。


「夏目さん。 このあと、もし時間があれば、付き合ってもらえませんか。本当に、もしよければで構わないので」

「?」


どういう意味か、すぐに分からなかった。

でも、急に真顔になった彼の眼差しに気圧され、分からないまま頷いていた。


「良かった! それでは、あと20分ほどで交代なので、裏の駐車場で待っていてください。それまでどうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいね」

「え、あの……」


戸惑う私を残し、彼は売り場に戻った。


付き合ってもらえますか……って、どういうことだろう。それに裏の駐車場って、もしかして、車でどこかに行くとか。

二人きりで?

妄想が暴走しそうになり、首をブンブンと振った。まさか、そんなわけがない。

彼の考えていることが分からず、見当もつかず、私はただ無心で和菓子を頬張り、お茶を飲んだ。




そして、あっという間に20分が経過。

そっと売り場を見ると、そこに掛井さんの姿はなく、別の営業さんらしき男性が接客している。つまり、彼はすでに駐車場で待っているってこと。

私はぎこちない動きで椅子を立ち、店の裏へと移動した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

I my me mine

如月芳美
恋愛
俺はweb小説サイトの所謂「読み専」。 お気に入りの作家さんの連載を追いかけては、ボソッと一言感想を入れる。 ある日、駅で知らない女性とぶつかった。 まさかそれが、俺の追いかけてた作家さんだったなんて! 振り回し系女と振り回され系男の出会いによってその関係性に変化が出てくる。 「ねえ、小説書こう!」と彼女は言った。 本当に振り回しているのは誰だ?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

処理中です...