Destiny

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
2 / 14
恋心

しおりを挟む
12月初旬の金曜日。

冬の日差しが窓を照らしている。


(あったかい……)


昼休みの休憩室で、私は半分眠りながら、同僚たちのお喋りを聞いた。


夏目なつめさんはクリスマスの予定、決まってるの?」

「えっ……」


顔を上げると、皆の視線が私に注がれていた。声をかけてきたのは安田やすださん。彼女は販売部の女性社員5名のうち最年長のリーダーである。


「ええと……」


確か、クリスマスの予定について訊かれたような。

寝ぼけた頭で考えていると、隣に座る同期の美樹みきが肘で突いてきた。テキトーに返事しなさい――という、いつもの合図である。


「特に、予定はないです」


てきとうというか、事実なのでそう答えるよりほかない。

今年で24歳になる私だが、クリスマスは毎年、デートやパーティーなど華やかなイベントとは無縁で過ごしている。

就職するまでは実家に住んでいたので、家族みんなでちょっといいレストランに行くのが楽しみだった。でもそれは、安田さんの言う「予定」には当てはまらないだろう。


「ふうん、そうなんだ……あ、ところで私は、いつメンとグルキャンなんだけど?」


どうやら各自がクリスマスの予定を質問されて、私が最後だったらしい。

安田さんは自分の予定について楽しそうに話し始めた。彼氏がいて、友達も多いという彼女は、どこかのリゾート地でグループキャンプをするようだ。

ほっとする私を見て、美樹が苦笑する。同期で一番仲の良い彼女は、私のことをよく分かっている。

ハリヨ商事販売部の女性社員は、全員独身。昼休みや休憩時間はガールズトークが展開されるが、主なテーマは恋バナだった。

話題を持ち出すのは安田さんで、リーダーらしくトークの中心となり、同僚にまんべんなく声をかけてくる。ちなみに、私以外の4人は彼氏持ちだ。


「男と付き合ったことないって、マジ?」「好きな人くらいいるでしょ?」「どんなタイプか好みなの?」


安田さんは誰にでもそんな感じなので、彼女にとっては挨拶みたいなもの。だけど、そっち方面の話題が苦手な私は、いつも困ってしまう。

どう答えればいいのか分からないし、たとえ分かっていたとしても、本当のことを言うのは躊躇われる。

なぜなら……


「お休みのところ失礼します。和菓子の楓屋かえでやです」


背後から聞こえた声に、ドキッとした。振り向くと、開けっぱなしの休憩室の入り口に、スーツ姿の男性が立っている。

必要以上に驚いたのは、私が今、胸に浮かべた人だったから。


「あら、掛井かけいさん。フェアの相談は明日じゃなかった?」


担当の安田さんが対応すると、彼はぺこりと頭を下げてからテーブルに近づき、紙袋を前に掲げた。


「近くまで来たので、皆さんに差し入れをと思いまして。年明けに発売される、我が社の新商品です」


皆の目がきらきらと輝く。

楓屋の新作和菓子といえば、発売されるたびメディアに取り上げられるような、話題の一品である。一足早く味わえるのは、ハリヨ商事が主要取引先であるがゆえの特権だ。


「わあ、嬉しい~。いいんですか!?」

「はい。ぜひ召し上がってください。そして、どんどん宣伝していただけるとありがたいです」

「なあんだ、それが目的かあ」


安田さんが冗談めかすと、笑いが起きた。

掛井さんもにこにこしながら、紙袋から小箱を取り出し、一人一人に配りはじめる。金箔があしらわれた美しい小箱ケースだ。


「夏目さんも、どうぞ。おいしいですよ」

「あ、ありがとうございます」


受け取るとき、指先が少し触れた。またしてもドキッとするが、なんとか平静を装う。


「私、お茶を淹れてきますね」


休憩室を出て、廊下の向こうにある給湯室に移動した。



(掛井さん、今日もほんわかしてた……)


茶葉を入れた急須にポットのお湯を注ぎつつ、陽だまりのような微笑みを思い出す。

楓屋の掛井春太はるたさん。

穏やかで優しくて、のんびりした雰囲気が彼の持ち味。私の社会人生活および職場の人間関係において、あれほど癒される人はいない。



「担当になれたらいいなあ。でも、楓屋さんは大口だし、経験を積まないと無理よね」


私が入社した時から、安田さんが楓屋を担当している。彼女は掛井さんと同い年だからか、口の利き方も親しげだ。

いや、親しげというより、安田さんの場合はほとんど……


「私はまだ入社2年目で、立場も弱い。ていうか結局、性格だよね」


もっと自信を持てたら、フォローできるのに。

自己嫌悪に苛まれながらお茶を淹れると、湯呑みをおぼんにのせて、給湯室を出た。




「掛井さん、クリスマスの予定は?」


休憩室に入ろうとした私は、ふと足を止めた。安田さんが、同僚に向けたのと同じ質問を彼にしたところだった。

その場に立ち、思わず耳を傾ける。


「いやあ、特にありませんが」

「ええ?? 掛井さんって私と同じだから、もう30だよね。彼女の一人や二人いないの?」

「ハイ、残念ながら」


問われるままに彼が答える。

迷いのない即答に、私は心が明るくなるのを感じた。なんとなくそうじゃないかと思っていたけれど、ハッキリと知らなかったから。


「ふうん、そうなんだ。じゃあ、一人でどうやって過ごすの? 今年のクリスマスは週末だし、仕事はお休みでしょ?」


安田さんの言い方は少し意地悪だった。こちらの立場が強いものだから、からかってもいいと思っているのだ。

彼女はいつも、そう。私はそのたびに、歯痒い気持ちでいっぱいになる。


「お待たせしました~!」


ことさら大きな声を出して、休憩室に入った。こんなことで安田さんの気が逸れるわけもないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

クリスマスバースディー

詩織
恋愛
クリスマスの日が誕生日。 彼氏が居たときは嬉しいけど、フリーだと寂しすぎる

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

女子小学五年生に告白された高校一年生の俺

think
恋愛
主人公とヒロイン、二人の視点から書いています。 幼稚園から大学まである私立一貫校に通う高校一年の犬飼優人。 司優里という小学五年生の女の子に出会う。 彼女は体調不良だった。 同じ学園の学生と分かったので背負い学園の保健室まで連れていく。 そうしたことで彼女に好かれてしまい 告白をうけてしまう。 友達からということで二人の両親にも認めてもらう。 最初は妹の様に想っていた。 しかし彼女のまっすぐな好意をうけ段々と気持ちが変わっていく自分に気づいていく。

処理中です...