秋色のおくりもの

藤谷 郁

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結婚して下さい!

……と、とおるさんにプロポーズしたのは3年前。そして、彼がくれた返事は――

『桃栗三年柿八年。君は桃子ももこだから、3年かかるかもしれないね』

つまり、平たく言えば、断られたってこと。私は当時19歳の子どもだったから。

いや、19歳の大人もいる。単に私が未熟だっただけ。



◇ ◇ ◇



透さんは柿農家を営む大曽根おおぞね家のひとり息子。

私、栗山くりやま桃子と透さんの家はご近所で、親同士は付き合いがある。

私も幼い頃は、いつも母親にくっついておじゃましていた。

大曽根家の居間で母親達がお喋りする横で、私は絵本を読んだりしていた。透さんが学校から帰ってきて、『ただいまー』と玄関のほうから声が聞こえると、一応振り向くものの、すぐに絵本へと目を戻す。

顔もよく知らない、口をきいたこともない近所のお兄ちゃん。

兄弟のいない私だが、お兄ちゃんとかお姉ちゃんに憧れるタイプではなかったので、気に留めることもない。

彼はただ、それだけの存在だったのだ。


透さんを初めて意識したのは、私が小学2年生の秋。

母親と買い物帰りに通りかかった柿畑で、透さんが収穫の手伝いをしていた。彼は高校3年生。

18歳の透さんは背が高く、体格も一人前の大人だった。

そう、10歳も年上の彼は、私にとって既に大人だったのに、意識してしまったのだ。

『透くん、えらいわねえ。毎年よくお手伝いして』

私の母が言うと、透さんのお父さんが収穫作業をしながら答えた。

『それより受験勉強しろって言ってんのに、どうしてもやるってきかねえんだ』

透さんが脚立から降りて、母と手を繋いで彼を見上げる私に近付き、ぽんと、柿の実をひとつ渡してくれた。

至近距離でまともに顔を見るのは初めてな気がした。

『おい、ちゃんとした実だろうな』

お父さんに確認されて、透さんは『当たり前だろ!』と、少し怒ったように返した。

夕陽が彼の白いTシャツを、秋色に染め上げていた。

『あら、まあ、大切な柿の実をどうもすみません。よかったね桃子。ありがとうは?』

『あ、ありがと……』

蚊の鳴くような声でお礼を言う私に、彼はにこっと笑う。

『どういたしまして』

透さんは優しい顔立ちで、その上微笑むものだから、もっと優しい印象になった。その印象が、今もずっと心に残っている。

忘れられない、あの日の衝撃。

異性として彼を意識した、あの時なのだ、恋に落ちたのは。


柿畑をあとにして100メートル先の自宅に帰りつくと、私は台所の椅子に座り、ぼうっとした。小さな胸がどきどきしていた。

しっかりと両手に包んだ柿の実は、大切な宝物である。

『大曽根さんもいい息子さんを持ったわ。でも、京都の大学を受けるそうだし、優秀だから、卒業後は一流企業にお勤めしたりして。そうなると、もうこっちには戻らないかもねえ』


もう戻らない――


母の言わんとすることを、私は大雑把にだが理解できた。それはつまり、もう柿畑に戻って来ないということ。

力の抜けた手から、柿の実を取り落とす。

台所の床を転がる、大切な宝物。

『あら、何やってんの。せっかく透くんがくれたのに』

母が拾おうとすると、私はハッとして椅子から飛び降り、奪うように先に取った。母は呆気にとられたが、私は必死だった。

幼心にも“他の女”に渡してはいけないと、焦ったのかもしれない。

とにかく、透さんがもう戻らないと聞いてがっかりしたものの、子どもゆえにどうすればいいのかわからず、ただただ失恋の気分だった。

好きになったその日に失恋するなんて、ひどすぎる。
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