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第三章 画策する者たち

58、震えてないで動くんだ!!!!

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 扉の隙間から見えたのは、舞い散る赤い血飛沫だった。そして血まみれの母が倒れていく。ドサリと転がって、赤黒くカーペットを染めていった。

「誰にも私の邪魔はさせんぞ……!!」

「っ! 母上!!」

 僕は瞬間的に母上のもとに駆け寄った。

 まさか、父上がこんなことをするなんて思わなかった。何とか止血しようとしたけど、僕は回復魔法が使えない。父上に似て、炎属性と風属性の攻撃魔法しか使えなかった。必死に傷口を抑えたけど、すでに母上の紫色の瞳に光はなかった。

 呪われてるのは僕の方じゃないかと思った。こんな狂った父親の血を色濃く受け継いでいるんだから。

「テオか! そうだ、お前も手を貸すんだ。いまなら何とかなるんだ!!」

 母上の返り血を浴びた父上は、焦点のあっていない目で僕を見つめている。いつからこんな風になってしまったんだろう? いつから父上は狂っていたんだろう?

 ……僕は目を背けてきたから、気がつかなかったんだ。本当に何もかも今更だ。

「父上、もうやめましょう。僕たちが間違っていたんです」

「何を言ってるんだ! 私は間違ってなどおらん!! 貴様も私の邪魔をするのか!!」

「!!」

 そう言って、なんの遠慮もなく僕に上級風魔法を放った。
 いくつもの風の刃が僕の体を切り刻む。身体中焼けるように熱くて、次の瞬間には激痛が襲ってきた。咄嗟に風魔法のガードを張って即死は避けられたけど、かなりのダメージを受けてしまった。

 何で……何で? 父上はもう僕すらわからないのか?
 込み上げる涙が傷に染みて、ギリっと奥歯をかみしめた。

 ここで死ねない。まだ、ここで死ねない。兄上にこのことを伝えないと……兄上の大切な人が危険に晒されてしまう前に!! 僕に今できるのはそれしかない!! 動け! 震えてないで動くんだ!!!!

「ヘルファイア!!」

 僕は炎の壁を作って、父上の注意をそらして正面口にむかう。
 ちょうど旅に出るための馬を、執事と使用人が用意してくれたところだった。

 要らないって言ったけど、助かった。いざとなったら売ればいいって、最後のお世話だからって用意してくれたんだ。
 こんな僕に尽くしてくれる人たちにも教えて、そして解放しないと。

「テオ様!? その怪我はど————」

「屋敷からみんな逃げろ! 父上が乱心された! 給金の代わりになりそうなものは持ちだしていいから、くっ、とにかく逃げろ!!」

 大声を出すだけでも、全身に痛みが走る。でも、止まるな。止まったらそこで終わりだ!

「そんな……!」
「お前は他の者に伝えてきなさい! テオ様はどちらへ行かれるのですか!?」

 青ざめた顔で、使用人が走っていく。よかった、この屋敷の者は助けられそうだ。そして僕が生まれた時から屋敷に仕えていた執事に別れの挨拶をした。

「僕は……兄上のもとに行く。……今までありがとう」

 それだけ伝えて、血がつくのも構わず馬に乗る。そして手綱を握り、魔法学園へと馬を走らせた。



     ***



 もう少し、もう少しで魔法学園につくから。意識を保たないと、兄上に伝えられないから、もう少しだけ!!

 馬を走らせるだけで、全身に激痛が走った。何度も意識を飛ばしそうになりながら、必死に手綱を握っていた。
 冬が目前の冷たい風が吹き付けて、遠慮なしに体温まで奪っていく。
 そしてようやく魔法学園の正門が視界に入った。

「やっと……ここまで来た……」

 正門の前で馬から降りると、もう力が入らなくて受付の前でうずくまってしまった。それに驚いた門番が駆け寄ってきてくれる。

「おい! 君、大丈夫か!? どうしたんだこんなひどい怪我!!」

「おねが……レオ……レオ・グライ……スを……」

「レオ・グライスだな! わかった! とりあえず回復を————」


 兄上……ねぇ、兄上に伝えたいことがあるんだ。僕頑張ったんだけど、ごめん。もう、まぶたが開かない。声も出ない。伝えたいのに……ごめん……ごめん……なさ…………。

 僕はそこで意識を手放した。
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