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55話 正当な後継者①

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 フレデルト王国の婚約者が正式に発表される夜会には、国中の貴族はもちろん近隣の国からも外交官や高官、王族たちが参加していた。
 王城でも一番格式のあるホールが会場となり、優雅な音楽を聞き流しながら貴族たちが親交を深めている。

 ゆっくりと会場の扉が開かれ、アマリリスはパートナーと共に一歩足を踏み出した。大理石の床を進むたび、カツンとヒールが音を立てる。

 淡い紫のドレスには金糸の刺繍がびっちりと施され、イエローダイヤモンドのアクセサリーがアマリリスを煌びやかに飾っている。身体のラインに沿ったドレスは、女神のように均整の取れたスタイルを引き立てていた。

 真紅の髪は左肩へ流され、小さな黄色の花飾りが散りばめられている。シャンデリアの明かりを反射した琥珀色の瞳は、気高く真っ直ぐに前を向いていた。

 アマリリスたちが会場を進んでいくと、今までのざわめきが嘘のように貴族たちが静まり返っていく。アマリリスをエスコートしているのはルシアンではなく、その様子を見たパートナーの青年が楽しそうに呟いた。

「随分注目を浴びているな」
「仕方ないわ、テオ兄様が素敵なんですもの」
「いや、どちらかというとリリスが美しすぎるからだろう」

 見覚えのない精悍な青年がルシアンの婚約者であるアマリリスをエスコートしているので、フレデルト王国の貴族たちは会話も忘れてどういうことかと必死に思考を巡らせている。

 テオドールを知るリオーネ王国の外交官たちだけが、穏やかな瞳でふたりを見守っていた。

 そんなふたりを見て、誰よりも顔を青くしたのはテオドールを追放したエイドリックだ。

(あれは……まさか、テオドールか!? しかし、入国拒否にしていたはずなのにいったいなぜ? もしかして……アマリリスが手を回したのか!?)

 エイドリックは必死にロベリアを探した。三日前にアマリリスの侍女となったロベリアから、今日の夜会で嬉しい発表があるはずだという内容の手紙を受け取っている。
 だが、エイドリックがどこを探してもロベリアの姿は見つけられなかった。

(ロベリアはどこだ……!? もしや、ロベリアが婚約者として発表されるのか! それが嬉しい発表なのか……!)

 それならば婚約者としてルシアンと入場するのかもしれないと、エイドリックは胸を撫で下ろす。テオドールの姿を見て焦ったが、ロベリアがルシアンを奪ったのだと思い至り王族の入場を待った。

 それから程なくして王族の入場となり、貴族たちの視線はルシアンに集中した。
 黒いジャケットには金糸の刺繍で縁取りされ、血のように赤いシャツが覗いている。アマリリスとテオドールはそんなルシアンの衣装に苦笑いしていた。

「おい、あの衣装でよかったのか?」
「私も進言したけれど、ルシアン様が絶対に譲れないっておっしゃったのよ」
「そうか……まあ、計画に支障がないなら問題ないが」
「……そうね」

 アマリリスは短くため息をつく。ある計画のため今日だけは衣装について意見を述べたのだが、ことごとくルシアンに却下されたのだ。それでも周りの反応を見れば問題なさそうなので、このまま流れに身を任せることにした。

 国王が席の前に立つと、開始の言葉を高らかに宣言しはじめる。

「本日は王太子ルシアンの婚約者披露の夜会への参加に感謝する。そこでこの場を借りてルシアンより重大な発表があるゆえ、ご静聴願いたい」

 するとルシアンは国王の隣に立ち、艶やかな笑みを浮かべた。貴族たちの視線を集めたルシアンは王者たる風格で、凛とした声を響かせる。

「本日は婚約者披露の場にお集まりいただき、感謝いたします。婚約者の紹介の前に、皆様に余興をお楽しみいただきたい。クレバリー侯爵、こちらへ」

 ルシアンに指名され、胸を張って自信たっぷりに前に出るエイドリックを見たアマリリスは薄く笑う。

「では、リリスとテオドール殿もこちらへ」

 ルシアンがアマリリスを愛称で呼んだことに、エイドリックは不思議そうな顔をしている。それこそが計画がうまく進んでいる証であった。

「実は、僕の婚約者が不遇な環境で過ごしていて、その事実を明らかにし正しい形に戻したいと考えている。この場を借りたのは、婚約者を苦しめた犯人を処罰し彼女の名誉を完全に復活させるためだとご理解願いたい」

 ついに始まった。アマリリスとテオドールにとって、本日のメインイベントとも言える断罪の幕が上がった。

 エイドリックからは先ほどまでの高揚感がすっかり消え去っている。その様子をアマリリスは冷めた心で観察していた。

(あら、ようやくこの状況が理解できたのかしら? この場の婚約者が誰なのか、処罰の対象が誰なのか——)

 アマリリスの思考に応えるようにルシアンが話を進めていく。

「それでは、テオドール。十四歳の時になにがあったのか、今までどうしてきたのか証言を頼む」
「はい」
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