上 下
52 / 60

52話 クレバリー侯爵家の惨状②

しおりを挟む
 怒声が執務室に響き渡り、ロベリアとダーレンはなじり合いをやめる。しんと静まり返った執務室にエイドリックが入り、机の上に乱雑に置かれた書類に目を通していった。

 ダーレンの杜撰な管理で、たった一カ月の間に随分と予算が使われてしまったようだ。すでに春までの分を使い切っている。

「お、お父様、加減はよろしいのですか?」
「……なぜこんなに予算をオーバーしているのだ? 私の組んだ通りに采配するだけで、問題なく冬は越せたはずだが」
「クレバリー侯爵、あの予算で運営などできるはずがない。あれにはフランシル夫人の茶会や社交に関する費用が入ってなかった。侯爵家の面目を保つための準備金を渡したら、屋敷の管理費が足りなくなったのだ」
「……フランシルはどこにいる?」
「ええと、今はサンルームにいますわ」

 エイドリックは無言でサンルームへ向かった。

(フランシルめ……私が療養している間はおとなしくしていろと言ったのに、好きにやりおって……!)

 沸々と込み上げる怒りでエイドリックは険しい表情になっていく。
 ガラス張りのサンルームはいろとりどりの花に囲まれ、上品な香りが鼻先を掠めた。いつもならこれで眉間の皺が取れるのだが、今日ばかりはそうはいかない。

「あら、体調はよくなったの?」
「フランシル……お前、私が言ったことを理解していなかったのか?」
「ええ? なによ、そんな怖い顔して」
「私が療養している間は屋敷でおとなしくしていろと言いつけたであろう!!」
「夜会には参加しないでおとなしくしていたでしょう!?」
「毎日のように茶会に出かけていたのに、どこがおとなしいというのだ!?」

 エイドリックはヒステリックに泣き叫ぶフランシルを見て、切り捨てることに決めた。当主であるエイドリックの言いつけを守れない妻など、お荷物でしかない。

 茶会に参加して金になる話を持ってくるならまだしも、ご婦人たちと実のない噂話や愚痴を語るだけなのだ。そのために新しいドレスや装飾品を購入するなど、無駄使い以外のなにものでもなかった。

「フランシル、お前とは離縁だ。今すぐ実家へ戻れ!!」
「ひどい……ひどすぎるわ……!!」

 ケヴィンにフランシルを実家に帰すように伝え、エイドリックは執務室へ戻る。
 これからクレバリー侯爵家の財政を立て直さなければならない。今後はフランシルの予算が浮くので、後は無能なダーレンを追い出すことにした。

「ダーレン様」
「なんだ、まだこの書類の処理が済んでいないのだ。後にしてくれ」
「ロベリアとの婚約を解消します」
「なっ……!」
「お父様、勝手に決めないでよ!」

 エイドリックはクレバリー侯爵家を守らなければならないのだ。自分の代で潰すわけにはいかないので、構わず言葉を続けた。

「ダーレン様はすでにバックマン公爵家とのご縁も切れており、援助を期待できません。さらにこの一カ月で使った予算は三カ月分になります。今後、領地経営をお任せするにも不安が残る。それならば、ロベリアとの結婚を見送るのが筋というものでしょう」
「だが、それはフランシル夫人が……!」
「予算を見て、渡してはいけない金額だと理解できないようでは無理です。これから一週間後にはこの屋敷からも出ていってください」

 あくまでも原因はダーレンにあると責め立て、期限を設けて出ていくようにエイドリックは宣告する。呆然としていたダーレンだが、やがてフラフラと執務室から出ていき、ロベリアだけが残された。

「お父様……ダーレン様と婚約を解消したら、わたしは誰と結婚するの?」
「お前は王城へ行くのだ」
「王城?」
「アマリリスが王太子と婚約できたのだ。ダーレンの時のように奪い取ってこい。アマリリスかロベリアか戻ってきた方は、どこか金のある貴族の後妻に嫁がせる」

 クレバリー侯爵家の存続のみがエイドリックの目的となってしまった。浪費家の妻を追い出し、無能な娘婿を放り出して、実の娘までも駒のように扱い利益をむしり取る。

 そうでもしないと維持できないクレバリー侯爵家は、いつ没落してもおかしくない状況だった。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です

仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。 自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい! ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!! という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑) ※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...