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45話 失いたくない②
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冷ややかな空気をまとうバックマン公爵夫人に声をかけようとしたところで、「リリス」と呼ぶ甘やかな声が鼓膜に響く。
「ルシアン様」
「我がフレデルトの若き獅子、ごきげん麗しゅう存じます」
「我がフレデルトの若き獅子にご挨拶申し上げます」
シャンパンを片手にしたルシアンがアマリリスの肩を抱き寄せて、他に見せない笑顔を向ける。バックマン公爵夫人もナタリーもすぐさま膝を折り王族への口上を述べた。
「バックマン公爵夫人にナタリー嬢だね。夜会を楽しんでいるようでなによりだ。僕も交ぜてくれるかな?」
「あらまあ、アマリリス様を独占してしまって申し訳ありません」
「ふふふ、ルシアン殿下はアマリリス様がとても大切なのですね」
バックマン公爵夫人とナタリーにまで揶揄われて居心地が悪くなり、この場から逃げたい心理が手伝ってアマリリスはそばを通った給仕からピンク色のシャンパンを受け取った。
「あ、ロゼを取ってしまったわ」
「普通のがよかったら、僕のと交換する?」
「いえ、問題ありません」
「僕がロゼを飲みたくなったんだ。交換して」
少々強引だがアマリリスの意図を汲み取ったルシアンは、手にしていた琥珀色のシャンパンを差し出す。
そんなやり取りを見ていたバックマン公爵夫人とナタリーは、ニヤニヤしながら見守っていた。ますます居た堪れなくなり、アマリリスはさっとルシアンのグラスと交換してシャンパンを飲み干す。
「ふふ、リリスはそんなに喉が渇いていたの?」
「ええ、たくさん交流を図りましたので、喉を潤したかったのです」
「僕も喉が渇いたな」
そう言って談笑を続け、ルシアンは薔薇色のシャンパンを半分ほど飲んだところでグラスを落としてしまった。
「ルシアン様、お怪我はありませんか?」
「大、丈夫………」
ところが、ルシアンはそのまま床に膝をつき倒れ込んだ。すでに意識が朦朧としているようでぐったりとしている。
アマリリスは思考より先に床に膝を突きルシアンを抱きしめた。
「ルシアン様! ルシアン様!」
たった今まで穏やかに歓談していた空気が一転し、騒然としはじめる。
「誰か! ルシアン様が………!!」
「大至急、医師を呼びなさい!!」
アマリリスは青ざめた顔で横たわるルシアンを腕に抱き、バックマン公爵夫人が医師を手配し、ナタリーが騎士を呼ぶのを遠くに聞いていた。
ルシアンはすでに意識がなく、どんなに呼びかけても反応がない。状況からして毒を盛られた可能性が高いとアマリリスは推察した。
そうであれば、ルシアンはこのまま二度と目覚めないかもしれない。つまりそれは——。
(——ルシアン様が、いなくなる……?)
両親が亡くなり、すべてを失いひとりぼっちになった日がフラッシュバックする。あの時のようにルシアンも失うかもしれないと思ったら、アマリリスの胸は張り裂けそうだった。
(嫌だ、失いたくない。私は、ルシアン様を失いたくない——)
ルシアンの強引な口付けも、嫌だなんで少しも思わなかった。きっとアマリリスのそんな気持ちを、ルシアンは見透かしていたのだろう。
アマリリスはようやく理解した。
ルシアンに求められて嬉しかったのだと、翻弄されるほど心惹かれていたのだ。
クレバリー侯爵家での日々を過ごすうちに、自分の心に蓋をすることに慣れてしまって、こんなことになるまで気が付かなかった。
激情が宿る紫水晶の瞳に見つめられて、甘い言葉で愛を囁かれ、さりげない優しさで包み込んで、誰をも魅了する美貌に心が掻き乱される。
(私は………ルシアン様を、とっくに好きになっていた)
ルシアンを失いたくない。その気持ちでアマリリスはいっぱいだった。
「ルシアン様」
「我がフレデルトの若き獅子、ごきげん麗しゅう存じます」
「我がフレデルトの若き獅子にご挨拶申し上げます」
シャンパンを片手にしたルシアンがアマリリスの肩を抱き寄せて、他に見せない笑顔を向ける。バックマン公爵夫人もナタリーもすぐさま膝を折り王族への口上を述べた。
「バックマン公爵夫人にナタリー嬢だね。夜会を楽しんでいるようでなによりだ。僕も交ぜてくれるかな?」
「あらまあ、アマリリス様を独占してしまって申し訳ありません」
「ふふふ、ルシアン殿下はアマリリス様がとても大切なのですね」
バックマン公爵夫人とナタリーにまで揶揄われて居心地が悪くなり、この場から逃げたい心理が手伝ってアマリリスはそばを通った給仕からピンク色のシャンパンを受け取った。
「あ、ロゼを取ってしまったわ」
「普通のがよかったら、僕のと交換する?」
「いえ、問題ありません」
「僕がロゼを飲みたくなったんだ。交換して」
少々強引だがアマリリスの意図を汲み取ったルシアンは、手にしていた琥珀色のシャンパンを差し出す。
そんなやり取りを見ていたバックマン公爵夫人とナタリーは、ニヤニヤしながら見守っていた。ますます居た堪れなくなり、アマリリスはさっとルシアンのグラスと交換してシャンパンを飲み干す。
「ふふ、リリスはそんなに喉が渇いていたの?」
「ええ、たくさん交流を図りましたので、喉を潤したかったのです」
「僕も喉が渇いたな」
そう言って談笑を続け、ルシアンは薔薇色のシャンパンを半分ほど飲んだところでグラスを落としてしまった。
「ルシアン様、お怪我はありませんか?」
「大、丈夫………」
ところが、ルシアンはそのまま床に膝をつき倒れ込んだ。すでに意識が朦朧としているようでぐったりとしている。
アマリリスは思考より先に床に膝を突きルシアンを抱きしめた。
「ルシアン様! ルシアン様!」
たった今まで穏やかに歓談していた空気が一転し、騒然としはじめる。
「誰か! ルシアン様が………!!」
「大至急、医師を呼びなさい!!」
アマリリスは青ざめた顔で横たわるルシアンを腕に抱き、バックマン公爵夫人が医師を手配し、ナタリーが騎士を呼ぶのを遠くに聞いていた。
ルシアンはすでに意識がなく、どんなに呼びかけても反応がない。状況からして毒を盛られた可能性が高いとアマリリスは推察した。
そうであれば、ルシアンはこのまま二度と目覚めないかもしれない。つまりそれは——。
(——ルシアン様が、いなくなる……?)
両親が亡くなり、すべてを失いひとりぼっちになった日がフラッシュバックする。あの時のようにルシアンも失うかもしれないと思ったら、アマリリスの胸は張り裂けそうだった。
(嫌だ、失いたくない。私は、ルシアン様を失いたくない——)
ルシアンの強引な口付けも、嫌だなんで少しも思わなかった。きっとアマリリスのそんな気持ちを、ルシアンは見透かしていたのだろう。
アマリリスはようやく理解した。
ルシアンに求められて嬉しかったのだと、翻弄されるほど心惹かれていたのだ。
クレバリー侯爵家での日々を過ごすうちに、自分の心に蓋をすることに慣れてしまって、こんなことになるまで気が付かなかった。
激情が宿る紫水晶の瞳に見つめられて、甘い言葉で愛を囁かれ、さりげない優しさで包み込んで、誰をも魅了する美貌に心が掻き乱される。
(私は………ルシアン様を、とっくに好きになっていた)
ルシアンを失いたくない。その気持ちでアマリリスはいっぱいだった。
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