上 下
43 / 60

43話 どんなに足掻いても③

しおりを挟む
 あれだけ厳しいバックマン公爵夫人の姪に手を出したのだから、エミリオがタダでは済まないのはロベリアでもわかる。それにクレバリー侯爵はバックマン公爵家の名前を出されたら、すべてを飲み込むしかないことも理解していた。

(バックマン公爵夫人を敵にしたら本当に恐ろしいのよ。お兄様を密告したことでダーレン様も許されるはずだし、そうなったらクレバリー侯爵を継ぐのはわたしでも問題ないわ)

 ロベリアの読み通り、クレバリー侯爵は深くため息をついてブロイル伯爵の要望をすべて聞き入れた。

『………わかりました。それでは、この場で嫡男エミリオを廃嫡し、クレバリー侯爵家から追放いたします。慰謝料の金額は提示された金額で支払いましょう。それでどうにか怒りを鎮めていただきたい』
『では、文書として残していただきたい。その通りに対応されなければ、すべてをつまびらかにしてクレバリー侯爵にも罪を問います』
『承知した』

 クレバリー侯爵は家令のケヴィンを呼び出し、書類を作成していく。その様子を見ていたエミリオは、己の身を案じて父に縋りついた。

『そんな………父上、お願いです、助けてください……! 酒の勢いでやっただけなんです! 屋敷から出てどうやって生きていけばいいのですか!?』
『黙れっ! この私の顔に泥を塗りおって!! そんな出来損ないの息子などいらんわ!!』

 エミリオはクレバリー侯爵の叱責に情けなく泣き出し、ブロイル伯爵夫妻は氷のような視線をふたりに向けていた。

「うふふ、あはははは! 思った通りの展開だったわ!」
「まったくだな。明日にはクレバリー侯爵から話があるだろうか」
「そうね。きっと朝一番で呼び出されて、わたしが後継者になるはずよ。ダーレン様も今回のことでバックマン公爵夫人に許しを乞えば、これからは援助だってしてくださるわ」
「うむ、そうだな。やはりアマリリスからロベリアに乗り換えて正解だった」

 祝杯をあげたロベリアとダーレンは気分良く眠りについた。



 翌朝、朝食の席にエミリオは姿を見せなかった。
 代わりにクレバリー侯爵から食後に執務室へ来るように言われ、ロベリアは笑みを浮かべて頷いた。

「クレバリー侯爵家の後継者は本日よりロベリアとなった。これからはそのための勉強もしてもらうから、そのつもりでいろ」
「はい、お父様。精一杯頑張りますわ!」
「それと、アマリリスが正式にルシアン殿下の婚約者になったと王家から通達があった。今後はそちらとの付き合いも始まるから、礼儀作法もしっかりと身につけるように」
「——え?」

 喜びの絶頂から一転、突如冷水を浴びせられたように心が凍りつく。
 確かに以前夜会でエスコートされていたが、せいぜい愛妾になるのだと思っていた。

「どういう、ことですか? アマリリスが、ルシアン殿下の婚約者って……」
「どうもこうも、ルシアン殿下に見初められて婚約者に決まったのだ。国王陛下の許可も得ているそうだ」

 それはつまり、アマリリスがロベリアよりも高貴な女性になるということで、今まで下に見てきた女に頭を下げなければならなくなるということだ。

 それは、山より高いプライドを持つロベリアには耐えられない屈辱である。

(どうして! どうして、わたしよりあの女の方が立場が上なのよ!? あんな女にそこまで価値なんてないでしょう!?)

 ロベリアは自分より聡明で美しく成長したアマリリスが、妬ましくてたまらなかった。そんな憎い女に跪くのが嫌でクレバリー侯爵の指示通り、アマリリスの婚約者を奪ったのだ。

 それなのにアマリリスが王太子の婚約者だというなら、このままでは逆立ちしても敵わない。
 悔しくて、腹立たしくて、ロベリアは醜く顔を歪めて怒りに震えていた。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...