38 / 60
38話 翻弄される悪女①
しおりを挟む
アマリリスはひとしきり泣いた後、用意された紅茶を飲んでようやく落ち着きを取り戻した。
テオドールの胸元を涙と鼻水でべちょべちょにしてしまって、今頃になって羞恥心が込み上げる。
(テオ兄様の上着をあんなに汚してしまった上に、ルシアン様の前でみっともなく泣いてしまったわ……!)
恥ずかしがるアマリリスを優しく見つめていたテオドールが、おもむろに口を開いた。
「ルシアン殿下、この度は妹との再会をご提案いただき誠にありがとうございます」
「いや、婚約者が喜ぶことをしたかっただけだよ」
ルシアンの言葉にアマリリスはハッとした。まさかサイコパスであるルシアンがそのような理由で、テオドールとの再会をセッティングしたとは考えていなかった。
そんな風に心を砕いてくれたルシアンに対して、サイコパスだと偏見を持ちすぎていたとアマリリスは反省する。ただアマリリスを喜ばせるためだという言葉に、胸の奥がポカポカと温かくなった。
「ですが、こうして心置きなくアマリリスと会うことができ、心より感謝申し上げます。リオーネ王国モンタス辺境伯騎士団長テオドールとして、有事の際にはお力になるとお約束いたします」
「ふむ、それはとても魅力的な申し出だね。だけど、まずは僕の提案を聞いてほしいのだけど、いいかな?」
「ルシアン殿下のご提案、ですか? もちろんです。拝聴いたします」
アマリリスはルシアンの横顔へ視線を向ける。真っ直ぐにテオドールを見据えるルシアンの瞳は、今までに見たことがないほど怜悧で鋭くアマリリスは目が離せない。
「クレバリー侯爵家のことだ。由緒ある侯爵家の状態が芳しくないから、正当な後継者が建て直す必要があると考えている」
「それでは、アマリリスが……」
「いや、リリスはいずれ王太子妃として采配してもらうから、侯爵家の管理をするのは難しい。そこで、テオドールに後継者の打診をしたいのだけど」
「……っ!」
テオドールが息を呑む。両隣に控える騎士たちも、驚きに目を見開きすぐに眉間に皺を寄せる。
「恐れ入りますが、テオドール様は我がモンタス騎士団長です。テオドール様以上に団長にふさわしいお方はおりません」
「そうです、団長のお力があったからこそ魔物だって——」
テオドールが片手をあげて騎士たちの言葉を遮ったが、彼らの言い分ももっともだ。ルシアンは少しも表情を変えず、前を向いたままだ。
(ルシアン様はこの状況で勝算があるのかしら……?)
「ルシアン殿下の申し出は大変ありがたいが、これは俺ひとりで決定できる内容ではありません。モンタス辺境伯とも協議が必要です」
「うん、そうだね。ただ、ひとつ理解しておいてほしいのは、リリスは僕の婚約者になったということだ。つまりゆくゆくは王妃となる。その際に生家が没落しているというのは、リリスにとって好ましくない」
「……状況は理解しましたが、こちらの事情もあります」
「この件に関する権限は僕にあるから、ある程度融通するよ。しばらく王城に滞在してもらい今後も協議しよう」
「……はい」
テオドールの胸元を涙と鼻水でべちょべちょにしてしまって、今頃になって羞恥心が込み上げる。
(テオ兄様の上着をあんなに汚してしまった上に、ルシアン様の前でみっともなく泣いてしまったわ……!)
恥ずかしがるアマリリスを優しく見つめていたテオドールが、おもむろに口を開いた。
「ルシアン殿下、この度は妹との再会をご提案いただき誠にありがとうございます」
「いや、婚約者が喜ぶことをしたかっただけだよ」
ルシアンの言葉にアマリリスはハッとした。まさかサイコパスであるルシアンがそのような理由で、テオドールとの再会をセッティングしたとは考えていなかった。
そんな風に心を砕いてくれたルシアンに対して、サイコパスだと偏見を持ちすぎていたとアマリリスは反省する。ただアマリリスを喜ばせるためだという言葉に、胸の奥がポカポカと温かくなった。
「ですが、こうして心置きなくアマリリスと会うことができ、心より感謝申し上げます。リオーネ王国モンタス辺境伯騎士団長テオドールとして、有事の際にはお力になるとお約束いたします」
「ふむ、それはとても魅力的な申し出だね。だけど、まずは僕の提案を聞いてほしいのだけど、いいかな?」
「ルシアン殿下のご提案、ですか? もちろんです。拝聴いたします」
アマリリスはルシアンの横顔へ視線を向ける。真っ直ぐにテオドールを見据えるルシアンの瞳は、今までに見たことがないほど怜悧で鋭くアマリリスは目が離せない。
「クレバリー侯爵家のことだ。由緒ある侯爵家の状態が芳しくないから、正当な後継者が建て直す必要があると考えている」
「それでは、アマリリスが……」
「いや、リリスはいずれ王太子妃として采配してもらうから、侯爵家の管理をするのは難しい。そこで、テオドールに後継者の打診をしたいのだけど」
「……っ!」
テオドールが息を呑む。両隣に控える騎士たちも、驚きに目を見開きすぐに眉間に皺を寄せる。
「恐れ入りますが、テオドール様は我がモンタス騎士団長です。テオドール様以上に団長にふさわしいお方はおりません」
「そうです、団長のお力があったからこそ魔物だって——」
テオドールが片手をあげて騎士たちの言葉を遮ったが、彼らの言い分ももっともだ。ルシアンは少しも表情を変えず、前を向いたままだ。
(ルシアン様はこの状況で勝算があるのかしら……?)
「ルシアン殿下の申し出は大変ありがたいが、これは俺ひとりで決定できる内容ではありません。モンタス辺境伯とも協議が必要です」
「うん、そうだね。ただ、ひとつ理解しておいてほしいのは、リリスは僕の婚約者になったということだ。つまりゆくゆくは王妃となる。その際に生家が没落しているというのは、リリスにとって好ましくない」
「……状況は理解しましたが、こちらの事情もあります」
「この件に関する権限は僕にあるから、ある程度融通するよ。しばらく王城に滞在してもらい今後も協議しよう」
「……はい」
36
お気に入りに追加
3,484
あなたにおすすめの小説
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる