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36話 王太子のサプライズ①
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アマリリスは祈るような気持ちで一通の手紙を送った。
それは長兄であるテオドール宛てで、今のアマリリスの思いの丈を書いたものだ。
ずっとテオドールに会いたかったこと、兄がこの八年間をどんな風に過ごしてきたのか気になっていること、苦労しているなら寄り添いたいこと。
それから王太子ルシアンの婚約者になって、テオドールの入国拒否取消しの手続き中で、これからはいつでも会えることをしたためた。
(テオ兄様から返信が来ればいいけれど……)
大きな不安と少しの期待が入り混じり、なんとも落ち着かない気持ちでアマリリスは手紙の返信を待っている。送ったのは三日程前だから、ようやくテオドールの元に届いた頃だろうと理解はしているが、考えずにはいられない。
授業を受けていたルシアンは、そんなアマリリスの様子を敏感に感じ取る。
「リリス。なにか気になることでもあるの?」
「ルシアン様、失礼いたしました。少々考え事をしておりました」
「ふうん、どんなこと? 僕だって話くらい聞くよ?」
「いえ、大したことはございません」
「リリス」
ルシアンの真剣な声音に、紫水晶の瞳に、アマリリスは囚われた。
「君の憂いを払うのは、婚約者である僕の役目だよ。なんでもいいから話してみて」
「ルシアン様……」
アマリリスは誰かに頼るということを長い間忘れていた。それが許される環境ではなかったし、心優しい使用人たちは手助けしてくれたけど、大体のことは自分自身でどうにかしてきたのだ。
(婚約者だから頼ってもいいなんて……そう言われたらそうなんだけど、甘えすぎてもいけないわよね)
ダーレンと婚約を結んでいる時、アマリリスは悩み事があると第三者の公正な意見が聞きたくて相談していた。まだ両親が健在でたびたびお茶の時間を共にしていたから、何度かその時間を使ってダーレンに話をしてみたのだが。
『はあ? そんなこと言われても私がわかるわけないだろう。くだらない話をしないでくれ』
『悪いが、今はそれどころではないのだ。それより私の話を聞いてくれ』
『それくらい自分で考えたらどうなんだ? お前にも考える頭はついているだろう?』
何度も何度も、そんな風に切り捨てられた。今となってはどんな相談内容は覚えていないが、切り捨てられたことだけははっきりと記憶に残っている。
その時の光景が鮮明に甦り、アマリリスはできるだけ誰にも頼らず問題を解決してきた。その気概を持っていたからこそ、クレバリー侯爵家でもやってこれたのだからある意味いい経験だった。
「失礼いたしました。兄の手紙が届いた頃かと考えていたのです」
「そうだ、先日手紙を出していたね。すでに手配してテオドールの入国も許可は出ているから、いつでも呼び寄せられるよ」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」
アマリリスは満面の笑みで礼を伝えると、ルシアンはニヤリと笑ってとんでもないことを言い出した。
「ふふ、それでは頑張った僕にご褒美をもらえる?」
「はい? ご褒美ですか? ……あいにく私には差し上げるようなものはございませんが」
「そんなことないよ。そうだなあ、僕の外出に僕に付き合ってくれないかな?」
「……そんなことでよろしいのですか?」
「うん、今のところはね」
最後の一言がアマリリスは引っかかったが、このまま進めば婚姻するのだし、どうやらルシアンはこちらのペースの合わせてくれるようなので気にしないことにした。
「承知いたしました。いつになさいますか?」
「それなら三日……いや、五日後がいいかな。妃教育も休みにするよう手配するから、午前中から出よう」
「かしこまりました」
そうして約束の五日後、アマリリスはメイドに囲まれルシアンと出かけるための準備をしていた。
メイドたちに促されるまま薄紫のドレスに身を包み、イエローダイアモンドのアクセサリーを身につける。真紅の髪はハーフアップにして金色の薔薇の飾りを差し込み、まるで夜会に参加するような格好だ。
(これは……かなり独占欲丸出しの衣装じゃないかしら? それにしてもこんなに豪華な格好で外出ということは演劇でも観にいきたいのかしら?)
アマリリスの準備が終わると同時に、ルシアンが部屋まで迎えにやってくる。
「リリス、準備はできた?」
「ルシアン様。はい、ちょうど今終わったところです」
それは長兄であるテオドール宛てで、今のアマリリスの思いの丈を書いたものだ。
ずっとテオドールに会いたかったこと、兄がこの八年間をどんな風に過ごしてきたのか気になっていること、苦労しているなら寄り添いたいこと。
それから王太子ルシアンの婚約者になって、テオドールの入国拒否取消しの手続き中で、これからはいつでも会えることをしたためた。
(テオ兄様から返信が来ればいいけれど……)
大きな不安と少しの期待が入り混じり、なんとも落ち着かない気持ちでアマリリスは手紙の返信を待っている。送ったのは三日程前だから、ようやくテオドールの元に届いた頃だろうと理解はしているが、考えずにはいられない。
授業を受けていたルシアンは、そんなアマリリスの様子を敏感に感じ取る。
「リリス。なにか気になることでもあるの?」
「ルシアン様、失礼いたしました。少々考え事をしておりました」
「ふうん、どんなこと? 僕だって話くらい聞くよ?」
「いえ、大したことはございません」
「リリス」
ルシアンの真剣な声音に、紫水晶の瞳に、アマリリスは囚われた。
「君の憂いを払うのは、婚約者である僕の役目だよ。なんでもいいから話してみて」
「ルシアン様……」
アマリリスは誰かに頼るということを長い間忘れていた。それが許される環境ではなかったし、心優しい使用人たちは手助けしてくれたけど、大体のことは自分自身でどうにかしてきたのだ。
(婚約者だから頼ってもいいなんて……そう言われたらそうなんだけど、甘えすぎてもいけないわよね)
ダーレンと婚約を結んでいる時、アマリリスは悩み事があると第三者の公正な意見が聞きたくて相談していた。まだ両親が健在でたびたびお茶の時間を共にしていたから、何度かその時間を使ってダーレンに話をしてみたのだが。
『はあ? そんなこと言われても私がわかるわけないだろう。くだらない話をしないでくれ』
『悪いが、今はそれどころではないのだ。それより私の話を聞いてくれ』
『それくらい自分で考えたらどうなんだ? お前にも考える頭はついているだろう?』
何度も何度も、そんな風に切り捨てられた。今となってはどんな相談内容は覚えていないが、切り捨てられたことだけははっきりと記憶に残っている。
その時の光景が鮮明に甦り、アマリリスはできるだけ誰にも頼らず問題を解決してきた。その気概を持っていたからこそ、クレバリー侯爵家でもやってこれたのだからある意味いい経験だった。
「失礼いたしました。兄の手紙が届いた頃かと考えていたのです」
「そうだ、先日手紙を出していたね。すでに手配してテオドールの入国も許可は出ているから、いつでも呼び寄せられるよ」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」
アマリリスは満面の笑みで礼を伝えると、ルシアンはニヤリと笑ってとんでもないことを言い出した。
「ふふ、それでは頑張った僕にご褒美をもらえる?」
「はい? ご褒美ですか? ……あいにく私には差し上げるようなものはございませんが」
「そんなことないよ。そうだなあ、僕の外出に僕に付き合ってくれないかな?」
「……そんなことでよろしいのですか?」
「うん、今のところはね」
最後の一言がアマリリスは引っかかったが、このまま進めば婚姻するのだし、どうやらルシアンはこちらのペースの合わせてくれるようなので気にしないことにした。
「承知いたしました。いつになさいますか?」
「それなら三日……いや、五日後がいいかな。妃教育も休みにするよう手配するから、午前中から出よう」
「かしこまりました」
そうして約束の五日後、アマリリスはメイドに囲まれルシアンと出かけるための準備をしていた。
メイドたちに促されるまま薄紫のドレスに身を包み、イエローダイアモンドのアクセサリーを身につける。真紅の髪はハーフアップにして金色の薔薇の飾りを差し込み、まるで夜会に参加するような格好だ。
(これは……かなり独占欲丸出しの衣装じゃないかしら? それにしてもこんなに豪華な格好で外出ということは演劇でも観にいきたいのかしら?)
アマリリスの準備が終わると同時に、ルシアンが部屋まで迎えにやってくる。
「リリス、準備はできた?」
「ルシアン様。はい、ちょうど今終わったところです」
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