上 下
36 / 60

36話 王太子のサプライズ①

しおりを挟む
 アマリリスは祈るような気持ちで一通の手紙を送った。
 それは長兄であるテオドール宛てで、今のアマリリスの思いの丈を書いたものだ。

 ずっとテオドールに会いたかったこと、兄がこの八年間をどんな風に過ごしてきたのか気になっていること、苦労しているなら寄り添いたいこと。

 それから王太子ルシアンの婚約者になって、テオドールの入国拒否取消しの手続き中で、これからはいつでも会えることをしたためた。

(テオ兄様から返信が来ればいいけれど……)

 大きな不安と少しの期待が入り混じり、なんとも落ち着かない気持ちでアマリリスは手紙の返信を待っている。送ったのは三日程前だから、ようやくテオドールの元に届いた頃だろうと理解はしているが、考えずにはいられない。

 授業を受けていたルシアンは、そんなアマリリスの様子を敏感に感じ取る。

「リリス。なにか気になることでもあるの?」
「ルシアン様、失礼いたしました。少々考え事をしておりました」
「ふうん、どんなこと? 僕だって話くらい聞くよ?」
「いえ、大したことはございません」
「リリス」

 ルシアンの真剣な声音に、紫水晶の瞳に、アマリリスは囚われた。

「君の憂いを払うのは、婚約者である僕の役目だよ。なんでもいいから話してみて」
「ルシアン様……」

 アマリリスは誰かに頼るということを長い間忘れていた。それが許される環境ではなかったし、心優しい使用人たちは手助けしてくれたけど、大体のことは自分自身でどうにかしてきたのだ。

(婚約者だから頼ってもいいなんて……そう言われたらそうなんだけど、甘えすぎてもいけないわよね)

 ダーレンと婚約を結んでいる時、アマリリスは悩み事があると第三者の公正な意見が聞きたくて相談していた。まだ両親が健在でたびたびお茶の時間を共にしていたから、何度かその時間を使ってダーレンに話をしてみたのだが。

『はあ? そんなこと言われても私がわかるわけないだろう。くだらない話をしないでくれ』
『悪いが、今はそれどころではないのだ。それより私の話を聞いてくれ』
『それくらい自分で考えたらどうなんだ? お前にも考える頭はついているだろう?』

 何度も何度も、そんな風に切り捨てられた。今となってはどんな相談内容は覚えていないが、切り捨てられたことだけははっきりと記憶に残っている。

 その時の光景が鮮明によみがえり、アマリリスはできるだけ誰にも頼らず問題を解決してきた。その気概を持っていたからこそ、クレバリー侯爵家でもやってこれたのだからある意味いい経験だった。

「失礼いたしました。兄の手紙が届いた頃かと考えていたのです」
「そうだ、先日手紙を出していたね。すでに手配してテオドールの入国も許可は出ているから、いつでも呼び寄せられるよ」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」

 アマリリスは満面の笑みで礼を伝えると、ルシアンはニヤリと笑ってとんでもないことを言い出した。

「ふふ、それでは頑張った僕にご褒美をもらえる?」
「はい? ご褒美ですか? ……あいにく私には差し上げるようなものはございませんが」
「そんなことないよ。そうだなあ、僕の外出に僕に付き合ってくれないかな?」
「……そんなことでよろしいのですか?」
「うん、今のところはね」

 最後の一言がアマリリスは引っかかったが、このまま進めば婚姻するのだし、どうやらルシアンはこちらのペースの合わせてくれるようなので気にしないことにした。

「承知いたしました。いつになさいますか?」
「それなら三日……いや、五日後がいいかな。妃教育も休みにするよう手配するから、午前中から出よう」
「かしこまりました」



 そうして約束の五日後、アマリリスはメイドに囲まれルシアンと出かけるための準備をしていた。

 メイドたちに促されるまま薄紫のドレスに身を包み、イエローダイアモンドのアクセサリーを身につける。真紅の髪はハーフアップにして金色の薔薇の飾りを差し込み、まるで夜会に参加するような格好だ。

(これは……かなり独占欲丸出しの衣装じゃないかしら? それにしてもこんなに豪華な格好で外出ということは演劇でも観にいきたいのかしら?)

 アマリリスの準備が終わると同時に、ルシアンが部屋まで迎えにやってくる。

「リリス、準備はできた?」
「ルシアン様。はい、ちょうど今終わったところです」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...