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32話 王太子の婚約者①

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 王太子ルシアンの婚約者が決まったと周知されたのは、夏の暑さも過ぎ去り秋へと季節が変わる頃だった。アマリリスが春に王城へやってきてから四カ月ほど経っている。

 アマリリスが婚約者となり、妃教育も始まった。それでも本を読み漁ったおかげで教養は十分あるとみなされ、主に貴族関係や礼儀作法について学んでいる。

 午前中に妃教育、お昼からルシアンと合流し腹黒教育をこなす忙しい毎日だ。

 公式にアマリリスが婚約者だと発表されてから、ルシアンは場所を問わずこれでもかと愛情表現をしてくるようになった。今も執務室で休憩の時間なのだが、侍従がいるにもかかわらずアマリリスを膝の上にのせて抱きしめている。

「はあ、リリスに癒されるなあ」
「……ルシアン様、授業を再開しますのでいいかげん下ろしてください」

 腕を解こうとしてもビクともしないので、アマリリスは無我の境地に至っていた。
 しかし、そろそろアマリリスが精神的に限界で、少し早めに昼休憩を切り上げて腹黒教育に戻りたい。

「まだ休憩時間でしょう? ちゃんと休まないと効率が悪くなってしまうよ」

 ルシアンは幸せそうに微笑んでもっともらしいことを言うが、アマリリスはこの甘さに辟易している。

(いつでもどこでもくっついてくるのは、いい加減にやめてほしいわ……! 社交界にも見事に広まって、面倒しかないのに!)

 アマリリスがルシアンの寵愛を受けていることは、すでに周知の事実となっており国王も王妃も温かく見守っていた。貴族令嬢からは今でも刺々しい視線を向けられたり、こっそり嫌味を言われるがそんなことはたいした問題ではない。

 本当に面倒なのは、ルシアンの懐に入りたいと擦り寄ってくる貴族たちだった。ルシアンやバックマン公爵夫人のいないタイミングを狙って、アマリリスに近づいてくる。

 当然、相手はアマリリスよりも立場が上な気難しい貴族ばかりなので、角が立たないように流すのが神経を使うのだ。

「ルシアン様、休憩は終わりです。今日はこの後、面談があるので、これ以上は私のパフォーマンスが落ちます」
「それはいけないね。では続きはまた後で」

 ルシアンは名残惜しそうにアマリリスの真紅の髪へキスを落とし、ようやくその腕から解放された。

(今日はこの後、ルシアン様と貴族たちの予算に関する面談があるのよね……)

 アマリリスはルシアンに兄の行方を真剣に探してもらうためにも、役目をしっかり果たそうと考えている。まずはさまざまな貴族と接触して、ルシアンやフレデルト王国にとって害となる貴族たちを教えることにした。

 そのことは国王をはじめルシアンにも伝えてあるので、アマリリスが判定できるだけの機会を積極的に設けてくれるのだ。



 そうして午後から五人の貴族たちの面談にアマリリスも同席した。
 今はすでに婚約者だと周知されているので、以前ほど明確に拒絶の態度は見られない。ただ、なぜアマリリスが面談に同席するのかと警戒している様子だ。

 ひとり目はフロスト子爵家の次男、エドガー。文官として王城で勤務しており、今日は王太子の事務官へ部署異動の申請をされたので、面談することになったのだ。

「では、名前を」
「エドガー・フロストと申します。本日は面談のお時間をいただき誠にありがとうございます」

 ルシアンの問いかけにエドガーは澱みなく答える。アマリリスはエドガーの挙動をジッと見つめた。
 挨拶の後に唇を舐めて、膝の上で拳を作っていることからしても緊張しているのが見て取れる。瞬きが多いが、ここまでよく見られる反応だ。

「今回は僕の事務官へ異動希望を出しているけれど、理由を聞いてもいいかな?」
「はい。私は今まで財務部に在籍して経験を積んでまいりました。そこで、ルシアン殿下は事務官にも場合によっては決裁権を与えていると伺い、自分の力量を試したくなったのです」
「そう、随分やる気があるようだね」

 ここでルシアンがチラリをアマリリスへ視線を向ける。
 今のところ特に気になるところはないが、緊張しているという情報以外読み取れない。アマリリスはなにも反応しないでいると、ルシアンは次の質問へ移った。

「もし異動になったら、どの部門の担当をしてみたいか教えてくれ」
「は、はい」

 エドガーは真っ直ぐにルシアンを見つめたまま、はっきりと希望を伝える。
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