上 下
29 / 60

29話 国王の提案③

しおりを挟む
     * * *



 アマリリスが去った後の国王の執務室では、今まで見たことがないほどルシアンは嬉しそうに笑みを浮かべている。幼い頃から優秀だったがどこか冷めた表情のルシアンが、唯一の女性に出会い幸せそうに笑うのを国王は父として喜ばしく思っていた。

 しかも相手は侯爵家の娘で身分も問題なく、周りの心を読み手のひらで転がすほど聡明だ。さらに使用人まで気にかける慈悲深さと、国王である自分にも怯まない豪胆さも持っている。

「ルシアン、私が手を貸せるのはここまでだ。アマリリスの心しかと掴むのだぞ」
「もちろんですよ、父上。必ずリリスの心を僕で染め上げます」



 ルシアンがアマリリスのことを父に話したのは、ダーレンが婚約破棄を告げたパーティーの三日前だった。

 それまで調査を重ねてきたアマリリスの資料と、婚約者だった令嬢の不貞の証拠を持参してきてこう言ったのだ。

『父上、僕はアマリリス・クレバリーを妻にします』
『なにを言っておる、お前はすでに婚約者が——』
『こちらは彼女の不貞の証です。王族の婚約者として不適格なので、先方の有責で婚約破棄します』

 提出された不貞の証拠を見て国王は愕然とした。信頼していた臣下の娘であったが、何年も前から他の男と通じており深い関係にあると書かれている。物的証拠も揃っており、疑いようがなかった。

『だが、アマリリスは稀代の悪女と呼ばれている。そんな令嬢では許可できんな』
『あれは演技です』
『なに? 演技だと?』

 ルシアンから幼い頃のアマリリスの立ち居振る舞いを聞き、これまでの調査報告書に目を通した国王は低い声で唸る。

『ううむ……これが事実であれば、クレバリー侯爵にもなんらかの処罰が必要だ』
『それは僕が対応します。ですがアマリリスが悪女のふりをしているというのは、ご納得いただけましたね?』
『ああ、だがアマリリスもダーレンと婚約を結んでいる。どちらにしてもお前の希望は通らないであろう』
『ダーレンは三日後のパーティーで、アマリリスに婚約破棄を告げると情報が入りました』
『ふむ……そういうことか』

 口角を上げたルシアンは、その才能を活かしアマリリスを絡めとる計画を提案してきた。まずは婚約破棄後にアマリリスの身柄を確保し婚約を打診するつもりだが、難色を示すようであれば他の方法で王城に引き止め婚約者候補とする内容だった。

『よかろう。では詳細を詰めるぞ』
『ありがとうございます。父上』

 花が咲くような笑みを浮かべ、ルシアンは作戦会議を進めていく。その様子を見た国王は密かに驚いていた。

(こんなにも誰かに固執するルシアンは初めてだ)

 なんでもそつなくこなすルシアンは穏やかではあるが、なにかに対して情熱を見せることがなかった。非情な決断もあっさりと決断し淡々と実行していく。それは為政者として必要な要素ではあるが、ルシアンの心が見えず心配もあったのだ。

(やっとルシアンの本音を聞いた気がするな……)

 人間らしいルシアンの行動に、国王として、父としてなにをしてでも応えたいと強く思う。

 こうしてアマリリスにとって理不尽な命令が下されることになった。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...