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28話 国王の提案②
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国のトップから限りなく命令に近いお願いをされて、どうやって断るか懸命に頭を働かせる。下手にこちらの情報を出してしまったら、それを逆手に取られそうでテオドールのことも迂闊に口にできない。
「恐れ入りますが、悪評がついてまわる私はルシアン様の妃にはふさわしくないと存じます」
「それも昨夜の夜会で確認したが、ルシアンが正しく情報を修正したので其方の評価がかなり変わったのだ。バックマン公爵夫人の尽力もあり、すでに問題ないと結論が出ている」
「そうだよ、リリス。なにも心配ないし、僕の教育係兼婚約者になってくれないかな? 正式な婚約者ならテオドールの入国拒否を取り消せるんだ」
「どういう……ことですか?」
アマリリスは初めて聞いた情報に戸惑った。テオドールが入国拒否をされていたことは初耳だし、それならアマリリスに会いにこられるはずがない。
しかし、優秀なテオドールが入国拒否されるようなことをしたとは考えにくかった。
「これは僕も今朝知ったばかりなんだけど、どうやらクレバリー侯爵が手を回したようなんだ。どうやってもエミリオに侯爵家を継がせたかったのだろうね」
「……そうですか。それなら納得ですわ」
「だけど王太子の婚約者の兄なら、それをひっくり返せる」
ルシアンの言葉はアマリリスの心を揺さぶる。だが、この話に乗れば、もう引き返すことはできない。
「リリス」
猛毒を含むルシアンの甘い囁きが、アマリリスを追い詰めるように言葉を紡ぐ。
「僕の婚約者になれば、テオドールもユアンもこの国に戻ってこられる。他に望みがあるなら、僕がすべて叶えるよ」
「クレバリー侯爵家の使用人たちを王城で雇っていただけますか?」
「そんなことでいいの? お安いご用だ」
天使のように微笑む冷酷なサイコパスに、アマリリスは陥落寸前だ。兄たちと使用人たちの未来と、アマリリスの自由のどちらが重要か考えて目を閉じた。
(ルシアン様を相手に政略結婚すると思えば割り切れるだろうか。ケヴィンたちの暮らしも保証できるし、兄様たちがこの国へ戻れるなら、まったく興味がないけれど妃教育も頑張れる……か)
そもそも貴族令嬢なので、幼い頃から家門のために嫁ぐのだと教わっている。アマリリスはようやく腹を括って、そっと目を開けた。
ルシアンはアマリリスの答えがわかっているのか、嬉しそうに目を細め口角を上げる。手のひらで転がされて悔しい気持ちもあるが、これが最も合理的だとアマリリスは自分に言い聞かせた。
「兄たちの捜索や入国拒否の取り消しと再会、それと今現在クレバリー侯爵家で従事している使用人たちの就業先の斡旋。このふたつを満たしていただけるなら、婚約のお話をお受けいたします」
「ふふ……では交渉成立だね。リリス、嬉しいよ」
心の底から嬉しそうにルシアンは笑みを深める。
アマリリスの弱みにつけ込み権力を使って懐柔したルシアンだが、その表情からはいっさいの罪悪感が感じられない。他者の気持ちに共感できないサイコパスは、時として非情な手段を簡単に用いてくるのだ。
(このやり方がサイコパスらしいわね……)
今はルシアンの執着心がアマリリスに向かっているためあの手この手で絡め取ろうとするが、興味をなくせばあっさりと解放されるはずだ。その際はまた悪評が流れるだろうけど、そんなことは今更である。
「ではリリス、こちらの書類にサインしてくれるかな? 今交渉した内容は後ほど別紙で用意するから安心してね」
心底嬉しそうに笑みを浮かべるルシアンが、バサッと音を立てて書類をテーブルの上に置いた。以前教育係になる時はなかったが、今回は用意されている。つまりルシアンは、今回の交渉について最初から勝ちを予想していたのだ。
(はあ……いつか私に飽きて解放してくれたらいいのだけど)
心の中でため息をついたアマリリスは、すでに用意されていた婚約の書類に苦笑いした。
「恐れ入りますが、悪評がついてまわる私はルシアン様の妃にはふさわしくないと存じます」
「それも昨夜の夜会で確認したが、ルシアンが正しく情報を修正したので其方の評価がかなり変わったのだ。バックマン公爵夫人の尽力もあり、すでに問題ないと結論が出ている」
「そうだよ、リリス。なにも心配ないし、僕の教育係兼婚約者になってくれないかな? 正式な婚約者ならテオドールの入国拒否を取り消せるんだ」
「どういう……ことですか?」
アマリリスは初めて聞いた情報に戸惑った。テオドールが入国拒否をされていたことは初耳だし、それならアマリリスに会いにこられるはずがない。
しかし、優秀なテオドールが入国拒否されるようなことをしたとは考えにくかった。
「これは僕も今朝知ったばかりなんだけど、どうやらクレバリー侯爵が手を回したようなんだ。どうやってもエミリオに侯爵家を継がせたかったのだろうね」
「……そうですか。それなら納得ですわ」
「だけど王太子の婚約者の兄なら、それをひっくり返せる」
ルシアンの言葉はアマリリスの心を揺さぶる。だが、この話に乗れば、もう引き返すことはできない。
「リリス」
猛毒を含むルシアンの甘い囁きが、アマリリスを追い詰めるように言葉を紡ぐ。
「僕の婚約者になれば、テオドールもユアンもこの国に戻ってこられる。他に望みがあるなら、僕がすべて叶えるよ」
「クレバリー侯爵家の使用人たちを王城で雇っていただけますか?」
「そんなことでいいの? お安いご用だ」
天使のように微笑む冷酷なサイコパスに、アマリリスは陥落寸前だ。兄たちと使用人たちの未来と、アマリリスの自由のどちらが重要か考えて目を閉じた。
(ルシアン様を相手に政略結婚すると思えば割り切れるだろうか。ケヴィンたちの暮らしも保証できるし、兄様たちがこの国へ戻れるなら、まったく興味がないけれど妃教育も頑張れる……か)
そもそも貴族令嬢なので、幼い頃から家門のために嫁ぐのだと教わっている。アマリリスはようやく腹を括って、そっと目を開けた。
ルシアンはアマリリスの答えがわかっているのか、嬉しそうに目を細め口角を上げる。手のひらで転がされて悔しい気持ちもあるが、これが最も合理的だとアマリリスは自分に言い聞かせた。
「兄たちの捜索や入国拒否の取り消しと再会、それと今現在クレバリー侯爵家で従事している使用人たちの就業先の斡旋。このふたつを満たしていただけるなら、婚約のお話をお受けいたします」
「ふふ……では交渉成立だね。リリス、嬉しいよ」
心の底から嬉しそうにルシアンは笑みを深める。
アマリリスの弱みにつけ込み権力を使って懐柔したルシアンだが、その表情からはいっさいの罪悪感が感じられない。他者の気持ちに共感できないサイコパスは、時として非情な手段を簡単に用いてくるのだ。
(このやり方がサイコパスらしいわね……)
今はルシアンの執着心がアマリリスに向かっているためあの手この手で絡め取ろうとするが、興味をなくせばあっさりと解放されるはずだ。その際はまた悪評が流れるだろうけど、そんなことは今更である。
「ではリリス、こちらの書類にサインしてくれるかな? 今交渉した内容は後ほど別紙で用意するから安心してね」
心底嬉しそうに笑みを浮かべるルシアンが、バサッと音を立てて書類をテーブルの上に置いた。以前教育係になる時はなかったが、今回は用意されている。つまりルシアンは、今回の交渉について最初から勝ちを予想していたのだ。
(はあ……いつか私に飽きて解放してくれたらいいのだけど)
心の中でため息をついたアマリリスは、すでに用意されていた婚約の書類に苦笑いした。
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