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21話 王太子は愛を乞う②

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 ルシアンの言うご褒美とはどんなものなのか、安易に頷いてはいけないことだけはわかる。アメジストの瞳は楽しげに細められ、醸し出す色気が半端ない。その辺のご令嬢なら一も二もなく目を閉じるだろう。

「内容によりますわ。どのようなご褒美がほしいのですか?」
「ふふ、そうだなあ……ほんの少しだけ目を閉じてくれる?」

 アマリリスはルシアンの提案がそこはかとなく胡散臭く感じた。目を閉じたらなにをされるかわかったのもではない。そんな危険な行動を受け入れるつもりないのだ。

「……お断りします」
「ええ、どうして? 一瞬で終わるけど」
「その一瞬が命取りのような気がします」
「ふはははっ! さすがリリス先生だね。キスしようと思ったのに引っかかってくれないか」

 思い通りにならなくてもそれすら楽しいとルシアンは笑う。ルシアンにだけは隙を見せたらダメだと、アマリリスは心の底から思った。

「それでは、そろそろ時間なので失礼いたしますわ」
「はあ、残念だな」

 アマリリスは国王陛下へ謁見するためソファーから立ち上がり、扉に向かって歩き出した。

「あ、リリス先生、ちょっと待って。忘れ物だよ」

 なんだろうと思って振り向くと、腕を掴まれ眼前にルシアンの美貌が迫っていた。突然のことで固まって動けないアマリリスの唇の端を、柔らかなルシアンの唇が掠めていく。

「うーん、唇を狙ったのに。リリス、わざと避けたの?」
「ち、違いますが、不意打ちは卑怯です!」
「卑怯でもなんでも、リリスが僕を男として見てくれるならどんなことでもするよ」

 いつものふんわりした雰囲気はどこへ行ったのか、アマリリスに愛を乞うルシアンになにも反応できない。
 あまりにも真っ直ぐで、あまりにも切なげで、あまりにも真剣で——。

(もう! 他にもっと素敵なご令嬢がたくさんいるじゃない! どうして私なんか……)

 アマリリスがルシアンの婚約者になったとしても、クレバリー侯爵家の後ろ盾など期待できない。遅かれ早かれ没落する家門だ。母方の親族も没交渉でそちらに頼ることもできない。

 たとえどんなにルシアンに望まれたとしても、アマリリスが王太子妃としてふさわしくないのは明白だった。

「時間ですので、失礼いたします」

 そんな思考ごと振り切るように、ルシアンの執務室を後にした。



 気持ちを切り替えて、アマリリスは国王陛下の執務室へやってきた。

「我がフレデルトの揺るぎなき太陽。本日はお時間をいただき誠に光栄でございます」
「今後、堅苦しい挨拶はしなくてよい。アマリリスにはルシアンが世話になっている。それでルシアンについて相談があるそうだな?」
「ありがとうございます。はい、ルシアン殿下の教育についてお話がございます」
「なんだ?」

 多忙な国王の時間を無駄に使わないよう、アマリリスはズバッと核心に切り込む。王家の色でもあるロイヤルパープルの瞳は、威厳を放ちながらアマリリスを射貫くように見つめていた。

「ルシアン殿下の腹黒教育でございますが、聡明で計算に長けたお方であり、相手の腹の中を読まなくても、状況に合わせて的確な指示や行動を取ることができます。よって、これ以上お教えすることがございません」
「うむ、それは私もわかっておる。能力は問題ないのだが、やはり多少腹の内を読めなければなるまい」
「いいえ、国王陛下。ルシアン殿下には為政者として類稀なる才能がございます。それは目的のためなら他者に対しても非情な決断ができ、常にフレデルト王国のために最善の行動をとれるのです」

 アマリリスはルシアンがサイコパスであることを濁しつつ、その手腕が素晴らしいと褒めちぎった。今はアマリリスに執着しているが、それをフレデルト王国に挿げ替えたらこの国はとんでもなく発展するだろう。

 それにアマリリスが言ったことは嘘ではない。為政者として決断を迫られた時に、感情に揺さぶられないメンタルは非常に強力な武器となる。

 今まで周囲から評価を得ていたところを見ても、ルシアンであれば問題なく国政をおこなえるとアマリリスは判断したのだ。

「ふむ。ではその証を見せてもらおうか」
「では、その証をお見せしたら、教育係の任は解いていただけますか?」
「よかろう」
「ありがとうございます。しかとその証をお見せいたします」

 アマリリスは艶然えんぜんと笑みを浮かべた。


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