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20話 王太子は愛を乞う①
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ルシアンがすべて打ち明け、アマリリスがサイコパス王子だと認識してから、ますます遠慮なく口説かれるようになった。
王城に来てから二カ月経つが、今日もルシアンの執務室でふたりきりになり腹黒教育の時間なのだが、アマリリスがソファに押し倒され、ルシアンが獰猛な視線で見下ろしている。
「リリス先生。こんな風に押し倒されたらどうするの? ほら女性はか弱いから逃げられないでしょう?」
青い生地のソファに広がるアマリリスの真紅の髪を掬い上げ、ルシアンがうっとりとした様子で唇を落とした。
「私はルシアン殿下の寵愛を受けておりますが、お覚悟の上でしょうか? と返します」
「うん、さすがだね。他の貴族ならそれで引くだろうね。でも、僕はそれくらいで引かないけれど?」
「ルシアン様。私の信頼を裏切るというならお好きにどうぞ。その場合はこれから先、なにがあっても貴方様に心を開くことはありません」
ルシアンみたいなタイプには罪悪感を煽る言葉も、権力でねじ伏せるような言葉も通じない。あくまでも将来的に自分の利益にならない、むしろ損失しかないと思わせないと動いてはくれないのだ。
「……はあ、やっぱりリリス先生には敵わないね。僕は貴女のすべてが欲しいのに、その心が手に入らないなら我慢するしかないよ」
そう言って、ルシアンはようやくアマリリスの上から身体を退ける。何食わぬ顔で起き上がり、アマリリスは乱れた髪を直しながら心の中で絶叫した。
(ちょっと! どうして毎回こんな甘ったるい空気になるのよ!? ねえ、腹黒教育を受けるのでしょう!? ていうか、ルシアン様に腹黒教育なんて必要ある!? ないわよね!?)
そこでアマリリスが気が付いた。
(そうだわ、もう終了認定すればいいのでは……!?)
最近ではルシアンの教育というより、ふたりきりになったらアマリリスが口説かれているだけなのだ。ルシアンは腹黒になる必要はなく、サイコパスのままで十分にやっていける。
そうであれば、国王にそのことを認めさせ早々に教育係を引退すればいい。嫁ぎ先だって、クレバリー侯爵家の使用人の働き口を紹介してくれて、兄を探させてもらえるところならどこでも構わないのだ。
「ルシアン様。次は夜会へ参加しましょう」
「夜会へ? ふうん、リリス先生のエスコートができるならそれもいいね」
「それでは国王陛下へ参加できる夜会がないか尋ねてみますわ」
「それくらい僕の方で準備するよ?」
「いいえ、教育係として最善の夜会を吟味したいので、私が決定いたします。よろしいですわね?」
「そう、リリス先生がそこまで言うなら」
そう言って、ルシアンはふわりと笑みを浮かべる。
アマリリスは教育係の権限を使って、どの夜会に参加するか国王と交渉する機会を得た。これでルシアンには内密に、終了判定するための準備を進めてもらうよう国王に依頼できる。
(これで私の教育係生活もあとわずかだわ……!)
ルシアンの教育について相談があると国王に伝言を頼んだ数日後、あっさりと謁見することになった。アマリリスはこのチャンスをものにするべく気合十分である。
「今日は父上との謁見でしょう? リリス先生は緊張していない?」
「ルシアン様、ご心配いただきありがとうございます。緊張などしておりませんわ。それよりもこんなにピッタリと寄り添う必要はないと思うのですが」
謁見は夕方であったため、ルシアンへ午後の授業を済ませてから国王の執務室へ向かう予定だ。この日もルシアンに女性の躱し方を教えてほしいと頼まれ、散々密着しながら指導していた。
「どうして? 僕の隣は居心地が悪い?」
「このようにがっちりと腰を掴まれると、身動きが取れませんので不自由ですわ」
アマリリスはルシアンの微細な表情も見逃さないようにしているが、読み取れるのはただただハチミツみたいに甘い愛情表現ばかりだ。
これが慕っている相手なら言うことはないのだが、あいにくアマリリスの真の目的は別のところにある。むしろルシアンの愛情の深さや執着を知って、逃げ出したい気持ちがますます強くなっていた。
「んー、それなら僕にご褒美をくれる?」
「ご褒美ですか……?」
「そう、ここまで結構頑張ったよね? リリス先生がご褒美をくれたら、父上との謁見の間おとなしく待っているから」
王城に来てから二カ月経つが、今日もルシアンの執務室でふたりきりになり腹黒教育の時間なのだが、アマリリスがソファに押し倒され、ルシアンが獰猛な視線で見下ろしている。
「リリス先生。こんな風に押し倒されたらどうするの? ほら女性はか弱いから逃げられないでしょう?」
青い生地のソファに広がるアマリリスの真紅の髪を掬い上げ、ルシアンがうっとりとした様子で唇を落とした。
「私はルシアン殿下の寵愛を受けておりますが、お覚悟の上でしょうか? と返します」
「うん、さすがだね。他の貴族ならそれで引くだろうね。でも、僕はそれくらいで引かないけれど?」
「ルシアン様。私の信頼を裏切るというならお好きにどうぞ。その場合はこれから先、なにがあっても貴方様に心を開くことはありません」
ルシアンみたいなタイプには罪悪感を煽る言葉も、権力でねじ伏せるような言葉も通じない。あくまでも将来的に自分の利益にならない、むしろ損失しかないと思わせないと動いてはくれないのだ。
「……はあ、やっぱりリリス先生には敵わないね。僕は貴女のすべてが欲しいのに、その心が手に入らないなら我慢するしかないよ」
そう言って、ルシアンはようやくアマリリスの上から身体を退ける。何食わぬ顔で起き上がり、アマリリスは乱れた髪を直しながら心の中で絶叫した。
(ちょっと! どうして毎回こんな甘ったるい空気になるのよ!? ねえ、腹黒教育を受けるのでしょう!? ていうか、ルシアン様に腹黒教育なんて必要ある!? ないわよね!?)
そこでアマリリスが気が付いた。
(そうだわ、もう終了認定すればいいのでは……!?)
最近ではルシアンの教育というより、ふたりきりになったらアマリリスが口説かれているだけなのだ。ルシアンは腹黒になる必要はなく、サイコパスのままで十分にやっていける。
そうであれば、国王にそのことを認めさせ早々に教育係を引退すればいい。嫁ぎ先だって、クレバリー侯爵家の使用人の働き口を紹介してくれて、兄を探させてもらえるところならどこでも構わないのだ。
「ルシアン様。次は夜会へ参加しましょう」
「夜会へ? ふうん、リリス先生のエスコートができるならそれもいいね」
「それでは国王陛下へ参加できる夜会がないか尋ねてみますわ」
「それくらい僕の方で準備するよ?」
「いいえ、教育係として最善の夜会を吟味したいので、私が決定いたします。よろしいですわね?」
「そう、リリス先生がそこまで言うなら」
そう言って、ルシアンはふわりと笑みを浮かべる。
アマリリスは教育係の権限を使って、どの夜会に参加するか国王と交渉する機会を得た。これでルシアンには内密に、終了判定するための準備を進めてもらうよう国王に依頼できる。
(これで私の教育係生活もあとわずかだわ……!)
ルシアンの教育について相談があると国王に伝言を頼んだ数日後、あっさりと謁見することになった。アマリリスはこのチャンスをものにするべく気合十分である。
「今日は父上との謁見でしょう? リリス先生は緊張していない?」
「ルシアン様、ご心配いただきありがとうございます。緊張などしておりませんわ。それよりもこんなにピッタリと寄り添う必要はないと思うのですが」
謁見は夕方であったため、ルシアンへ午後の授業を済ませてから国王の執務室へ向かう予定だ。この日もルシアンに女性の躱し方を教えてほしいと頼まれ、散々密着しながら指導していた。
「どうして? 僕の隣は居心地が悪い?」
「このようにがっちりと腰を掴まれると、身動きが取れませんので不自由ですわ」
アマリリスはルシアンの微細な表情も見逃さないようにしているが、読み取れるのはただただハチミツみたいに甘い愛情表現ばかりだ。
これが慕っている相手なら言うことはないのだが、あいにくアマリリスの真の目的は別のところにある。むしろルシアンの愛情の深さや執着を知って、逃げ出したい気持ちがますます強くなっていた。
「んー、それなら僕にご褒美をくれる?」
「ご褒美ですか……?」
「そう、ここまで結構頑張ったよね? リリス先生がご褒美をくれたら、父上との謁見の間おとなしく待っているから」
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