20 / 60
20話 王太子は愛を乞う①
しおりを挟む
ルシアンがすべて打ち明け、アマリリスがサイコパス王子だと認識してから、ますます遠慮なく口説かれるようになった。
王城に来てから二カ月経つが、今日もルシアンの執務室でふたりきりになり腹黒教育の時間なのだが、アマリリスがソファに押し倒され、ルシアンが獰猛な視線で見下ろしている。
「リリス先生。こんな風に押し倒されたらどうするの? ほら女性はか弱いから逃げられないでしょう?」
青い生地のソファに広がるアマリリスの真紅の髪を掬い上げ、ルシアンがうっとりとした様子で唇を落とした。
「私はルシアン殿下の寵愛を受けておりますが、お覚悟の上でしょうか? と返します」
「うん、さすがだね。他の貴族ならそれで引くだろうね。でも、僕はそれくらいで引かないけれど?」
「ルシアン様。私の信頼を裏切るというならお好きにどうぞ。その場合はこれから先、なにがあっても貴方様に心を開くことはありません」
ルシアンみたいなタイプには罪悪感を煽る言葉も、権力でねじ伏せるような言葉も通じない。あくまでも将来的に自分の利益にならない、むしろ損失しかないと思わせないと動いてはくれないのだ。
「……はあ、やっぱりリリス先生には敵わないね。僕は貴女のすべてが欲しいのに、その心が手に入らないなら我慢するしかないよ」
そう言って、ルシアンはようやくアマリリスの上から身体を退ける。何食わぬ顔で起き上がり、アマリリスは乱れた髪を直しながら心の中で絶叫した。
(ちょっと! どうして毎回こんな甘ったるい空気になるのよ!? ねえ、腹黒教育を受けるのでしょう!? ていうか、ルシアン様に腹黒教育なんて必要ある!? ないわよね!?)
そこでアマリリスが気が付いた。
(そうだわ、もう終了認定すればいいのでは……!?)
最近ではルシアンの教育というより、ふたりきりになったらアマリリスが口説かれているだけなのだ。ルシアンは腹黒になる必要はなく、サイコパスのままで十分にやっていける。
そうであれば、国王にそのことを認めさせ早々に教育係を引退すればいい。嫁ぎ先だって、クレバリー侯爵家の使用人の働き口を紹介してくれて、兄を探させてもらえるところならどこでも構わないのだ。
「ルシアン様。次は夜会へ参加しましょう」
「夜会へ? ふうん、リリス先生のエスコートができるならそれもいいね」
「それでは国王陛下へ参加できる夜会がないか尋ねてみますわ」
「それくらい僕の方で準備するよ?」
「いいえ、教育係として最善の夜会を吟味したいので、私が決定いたします。よろしいですわね?」
「そう、リリス先生がそこまで言うなら」
そう言って、ルシアンはふわりと笑みを浮かべる。
アマリリスは教育係の権限を使って、どの夜会に参加するか国王と交渉する機会を得た。これでルシアンには内密に、終了判定するための準備を進めてもらうよう国王に依頼できる。
(これで私の教育係生活もあとわずかだわ……!)
ルシアンの教育について相談があると国王に伝言を頼んだ数日後、あっさりと謁見することになった。アマリリスはこのチャンスをものにするべく気合十分である。
「今日は父上との謁見でしょう? リリス先生は緊張していない?」
「ルシアン様、ご心配いただきありがとうございます。緊張などしておりませんわ。それよりもこんなにピッタリと寄り添う必要はないと思うのですが」
謁見は夕方であったため、ルシアンへ午後の授業を済ませてから国王の執務室へ向かう予定だ。この日もルシアンに女性の躱し方を教えてほしいと頼まれ、散々密着しながら指導していた。
「どうして? 僕の隣は居心地が悪い?」
「このようにがっちりと腰を掴まれると、身動きが取れませんので不自由ですわ」
アマリリスはルシアンの微細な表情も見逃さないようにしているが、読み取れるのはただただハチミツみたいに甘い愛情表現ばかりだ。
これが慕っている相手なら言うことはないのだが、あいにくアマリリスの真の目的は別のところにある。むしろルシアンの愛情の深さや執着を知って、逃げ出したい気持ちがますます強くなっていた。
「んー、それなら僕にご褒美をくれる?」
「ご褒美ですか……?」
「そう、ここまで結構頑張ったよね? リリス先生がご褒美をくれたら、父上との謁見の間おとなしく待っているから」
王城に来てから二カ月経つが、今日もルシアンの執務室でふたりきりになり腹黒教育の時間なのだが、アマリリスがソファに押し倒され、ルシアンが獰猛な視線で見下ろしている。
「リリス先生。こんな風に押し倒されたらどうするの? ほら女性はか弱いから逃げられないでしょう?」
青い生地のソファに広がるアマリリスの真紅の髪を掬い上げ、ルシアンがうっとりとした様子で唇を落とした。
「私はルシアン殿下の寵愛を受けておりますが、お覚悟の上でしょうか? と返します」
「うん、さすがだね。他の貴族ならそれで引くだろうね。でも、僕はそれくらいで引かないけれど?」
「ルシアン様。私の信頼を裏切るというならお好きにどうぞ。その場合はこれから先、なにがあっても貴方様に心を開くことはありません」
ルシアンみたいなタイプには罪悪感を煽る言葉も、権力でねじ伏せるような言葉も通じない。あくまでも将来的に自分の利益にならない、むしろ損失しかないと思わせないと動いてはくれないのだ。
「……はあ、やっぱりリリス先生には敵わないね。僕は貴女のすべてが欲しいのに、その心が手に入らないなら我慢するしかないよ」
そう言って、ルシアンはようやくアマリリスの上から身体を退ける。何食わぬ顔で起き上がり、アマリリスは乱れた髪を直しながら心の中で絶叫した。
(ちょっと! どうして毎回こんな甘ったるい空気になるのよ!? ねえ、腹黒教育を受けるのでしょう!? ていうか、ルシアン様に腹黒教育なんて必要ある!? ないわよね!?)
そこでアマリリスが気が付いた。
(そうだわ、もう終了認定すればいいのでは……!?)
最近ではルシアンの教育というより、ふたりきりになったらアマリリスが口説かれているだけなのだ。ルシアンは腹黒になる必要はなく、サイコパスのままで十分にやっていける。
そうであれば、国王にそのことを認めさせ早々に教育係を引退すればいい。嫁ぎ先だって、クレバリー侯爵家の使用人の働き口を紹介してくれて、兄を探させてもらえるところならどこでも構わないのだ。
「ルシアン様。次は夜会へ参加しましょう」
「夜会へ? ふうん、リリス先生のエスコートができるならそれもいいね」
「それでは国王陛下へ参加できる夜会がないか尋ねてみますわ」
「それくらい僕の方で準備するよ?」
「いいえ、教育係として最善の夜会を吟味したいので、私が決定いたします。よろしいですわね?」
「そう、リリス先生がそこまで言うなら」
そう言って、ルシアンはふわりと笑みを浮かべる。
アマリリスは教育係の権限を使って、どの夜会に参加するか国王と交渉する機会を得た。これでルシアンには内密に、終了判定するための準備を進めてもらうよう国王に依頼できる。
(これで私の教育係生活もあとわずかだわ……!)
ルシアンの教育について相談があると国王に伝言を頼んだ数日後、あっさりと謁見することになった。アマリリスはこのチャンスをものにするべく気合十分である。
「今日は父上との謁見でしょう? リリス先生は緊張していない?」
「ルシアン様、ご心配いただきありがとうございます。緊張などしておりませんわ。それよりもこんなにピッタリと寄り添う必要はないと思うのですが」
謁見は夕方であったため、ルシアンへ午後の授業を済ませてから国王の執務室へ向かう予定だ。この日もルシアンに女性の躱し方を教えてほしいと頼まれ、散々密着しながら指導していた。
「どうして? 僕の隣は居心地が悪い?」
「このようにがっちりと腰を掴まれると、身動きが取れませんので不自由ですわ」
アマリリスはルシアンの微細な表情も見逃さないようにしているが、読み取れるのはただただハチミツみたいに甘い愛情表現ばかりだ。
これが慕っている相手なら言うことはないのだが、あいにくアマリリスの真の目的は別のところにある。むしろルシアンの愛情の深さや執着を知って、逃げ出したい気持ちがますます強くなっていた。
「んー、それなら僕にご褒美をくれる?」
「ご褒美ですか……?」
「そう、ここまで結構頑張ったよね? リリス先生がご褒美をくれたら、父上との謁見の間おとなしく待っているから」
25
お気に入りに追加
3,485
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる